21:僕と吸血鬼 1/2
蒸し返すような暑さの中、僕は学校に辿り着いた。
下駄箱を開けて出て来た手紙の束を、まずはゴミ箱へ直行させる。恨みつらみと呪いの言葉に果たし状。お便りコーナーは今日も大盛況だ。
上履きの中から出てきたのは……尖った石。
画鋲よりはマシっていう優しさなのか? いや、いらん優しさだわ!
――でも、そんなくだらないルーティンを繰り返せるのも、きっと今日が最後なんだ。
だって明日から夏休みだし。
……夏休みの間に下駄箱がさらにカオスにならないよう祈るばかりだ。専用ポストでも作るべきかしら。いや外注して窓口作るのは流石にやりすぎか。
いつも通りアホなことを考えていると、顔の真横からひょっこり可愛い顔が出てきた。
「何考えてたの?」
「うわビックリした! おはよう紅羽さん紅羽」
「クレハサンクレハってなんですかー?どこかの教会ですかー?」
未だに呼び捨てが慣れなくてこうなる。つい先日、そんな僕に、紅羽さんはこう決めた。
「順。私のこと『さん』付けで呼ぶたびに、1回吸血の罰ゲームね?」
――罰ゲームという名目だけど、僕にとっては完全にご褒美でしかない。
ただ、吸血のたびに欲望は増していく。触れたい、抱きしめたい、キスしたい――。
僕たちが本当に恋人同士なら、それで何も困らないのだけど。……残念ながら僕たちはそうではない。
友達以上、恋人未満。
日に日に距離が近づいていく僕たちに、クラスメイトたちが実態を迫ってきたとき、紅羽さんはそう言ったのだ。
僕の認識はこうだ。食材以上、恋人未満。
もし“友達”が入るとしたら、それは食材と恋人のちょうど境界――一体どのへんに腰を据えているんだろう。食材の少し上……かな?
「順? もしもーし?」
「ごめん、クレハサンクレハを建てるならどの国がいいか考えてた」
「私のルーツだし、イタリアじゃない? スペインのサグラダ・ファミリアに対抗しないとっ!」
「向こうは歴史で勝負してくるから、こっちは爆速で建てようか」
「早いっ! 安いっ! 美味いっ! みたいな? それだと順だね。ジュンサンジュン!」
「たしかに……」
僕たちは今日もバカ話をしながら教室へ向かう。
いつも朝が早い紅羽さんは、昇降口で僕が来るのを待ってくれるようになった。
教室に入れば光景はいつも通りだ。
紅羽さんに浴びせられるのは挨拶。僕に浴びせられるのは罵声。
2つが混ざり合って、教室はいつもカオスになる。
ため息をつきつつ、それぞれの席へ向かう。
僕は自分の席に鞄を下ろすと、前の席の友人・山田に「おはよう」と声をかけた。
「おはよう。明日から夏休みだな」
山田との関係は何も変わらない。――ただ、最近は色々あって一緒に帰る機会がめっきり減った気がする。
「山田、夏休みになったらさ。一緒にクレープ食べに行こうな?」
「え? なんで?? デートみたいで嫌だよ。ゲーセンで良いじゃん?」
「たしかに」
玲央のせいで色々とおかしくなった気がする。
学校内唯一の友人は、もっと大切にしよう。僕はそう思った。
* * *
終業式を終え、1学期最後のHR。
先生から成績表が渡される。
「野中……疑って悪かったな」
「いやまぁ……仕方ないです」
紅羽パパのバイト――別名スパルタ個別指導を毎日のように受け続けた結果、僕の成績は下の中から学年1位へと驚異のジャンプアップを果たしていた。
期末テスト終了後には、先生にカンニングを疑われて全教科分を受け直す羽目になった。
今では笑える思い出だ。
最後の挨拶を終えると、山田が話しかけてくる。
「今日は……そのまま帰るのか?」
「いや、今日は……勝負の日になるんだ」
「な、お前まさか……!?」
僕の一言に呼応するように、男子生徒たちによる紅羽防衛網が瞬時に構築された。
その壁は厚く、隙もなく張り巡らされている。――はずだった。
「紅羽」
「はいはーい!解散してくださーい!!」
紅羽さんの一言で、鉄壁の防衛網は一瞬にして瓦解。塵となって消え去った。
……もう構築する意味すらないんじゃない??
「一緒に帰る? ウチに来る? それとも――二人きりになれる場所、行っちゃう?」
紅羽さんの言葉は、とんでもない誘い文句のように聞こえるが……。正しく翻訳すると――
「帰り道で吸血? 美園家の屋敷で吸血? それとも放送室で吸血?」である。
単に食事場所を尋ねられているだけ。決して勘違いしてはならない。
「一緒に帰ろう。でも――夏休みに入る前に、紅羽に伝えたいことがあるんだ。ちょっと付き合って欲しい」
僕の言葉に、クラス中がざわめいた。ついにこの関係に終止符が打たれるのか、と。
さっき塵となった男子生徒たちは、嵐のように吹き荒れている。
「いいよー♪」
――ちなみに紅羽さんは、多分よく分かってない。
頭の中は吸血でいっぱいだと思う。
「じゃあ行こうか」
僕は彼女の手を引いて歩き出した。突然の僕の行動に紅羽さんは戸惑いつつも付いてくる。
――ちなみにこんな事はいつもやらない。なんなら初めてだ。……いや一回無意識にやってるな。
互いに頬を真っ赤に染めながら歩く僕たちは、どう見ても初心者カップルそのもの。
でも今日は。「友達以上、恋人未満」のこの関係をどうにかして変えたい。
攻めるなら、今しかないのだ。
……周囲のクラスメイト達? ごめん、そんなの気にしてる余裕、今の僕には一切ない。




