2:ヒロインとすれ違い
その日の放課後のHR。僕は最高の気分だった。
前の席に座る友人、山田の顔まで紅羽さんに見える。
「……お前、なんで俺を見てニヤけてんの? 気味悪いんだけど」
「いや……ごめん。紅羽さんに見えて」
「見えてねぇよ!! お前、そんなに紅羽さんと話せたのが嬉しかったのか?」
「まぁ、ね」
――会話どころじゃないんだけど!!
いやもう、それどころじゃないんだけど!!
というか僕たちのこの関係、皆に言っていいのかな? それとも内緒?
……うーん、あとでちゃんと話し合った方がいいかもしれない。
僕の胸がドクン、ドクンと脈打つ。息がうまく吸えない。
体が、あのときから紅羽さんを本能的に求めているみたいだ。
……まるで、血が足りないみたいに。
「……とりあえず、野中まで紅羽さんの”犠牲者”にならないことだけ願うよ」
犠牲者? あぁ、自惚れて爆死して、今なお片思いを続けている呪われし少年たちのことか。
だが僕は、その屍の上に立つ“勝利者”というか? そういうポジションだし?
「ならないよ」
ニヤリと笑って返すと、山田が目を細めた。
「……てかお前、その首どうした?」
「ん?」
言われるまま首筋に手をやる。
「ここ?」
「そこ。なんか赤いぞ? 内出血みたいな?」
首筋――そう言われて、さっきの光景が鮮明によみがえる。
「山田、ごめん。いずれお前にも話すよ」
「お、おう?」
……紅羽さんめ。
キスマークが残るくらいチュウチュウするなんて、どんなサービス精神だよ。
僕は「首を痛めただけ」みたいなポーズをとりながら、ほんの一瞬だけ紅羽さんに視線を送った。
今はもう、君の事しか――考えられない。
HR終わり。早くも今日から一緒に帰ることになるかもしれない。
僕は期待に胸をふくらませて席を立ち、紅羽さんの元へ――。
……行こうとしたのだが。
紅羽さんは友達と談笑しながら、そのままサッと帰ってしまった。
……うん???
用事でもあったのかな? 仕方ないので僕は嫌々ながら山田と帰ることにした。
「なんでお前、そんなに嫌そうな顔してるんだよ」
「山田と帰るのは、不本意だなって」
「……失礼極まりないぞ、おい」
まぁ、明日には――。
……なーんて考えていたら、一週間が経っていた。
いや待って! どうなってんの!?!?
僕たち付き合ってるんだよね!?
“これからもよろしく”って言ったよね!?
首筋キッスなんかじゃ済まない、もっとすごいことする感じだったよね!?!?
頭を抱えて悶えている僕を、山田が気味悪そうな目で見てきた。
「野中、お前……マジで大丈夫?」
「正直言って、大丈夫じゃないね!」
「だよな……。流石に心配だわ」
あの日から今日に至るまで、僕に「不本意だ」と言われ続けても共に帰宅してくれた山田。
帰り道、鳥や虫に歌うように話しかけても他人のフリをしなかった山田。
君は……なんだ。本当に良いヤツだな。日本で一番素敵な山田だ。
「で、どうしたんだよ?」
「いや、実はな。彼女が出来たんだ」
「えっ?」
山田は驚いた――いや、気の毒そうな顔を浮かべた。おい。
「でな? その彼女が……ずっと口をきいてくれない」
「えーと、人形か?」
「人間だ」
「お、おう……」
「それどころか、最近目も合わせてくれない気がする」
「……それ、なんか概念的な存在とかじゃなく?」
「いや、生身の人間」
「うーん……」
山田はまるでお化け屋敷に放り込まれた人みたいな顔で考え込み、しばらくしてから言った。
「それがもし本当に実在する“普通の人間”だとしたらの話だけど……スマホに連絡入れてみたら?」
その瞬間、僕は気づいてしまった。
「なんてことだ……!!」
並々ならぬ僕の声に、教室中のクラスメイトがザワザワとざわめき立つ。
――僕、紅羽さんの連絡先を知らない……ッ!?
クラスメイト達が静かに引く。山田は一歩だけ僕から距離を取って、静かにドン引きしていた。
それから僕は紅羽さんの連絡先を入手しようと……したんだけど。
紅羽さんの周りには常に仲の良い友人数人がたむろしていて。
数分おきくらいにクラスメイトの男子がアタックしに行って。
休み時間の度に、教室移動ついでみたいな雰囲気で上級生とか下級生とかがドアをのぞき込んだり話しかけたり。
なんなら今日は呼び出されたあと、気まずそうな表情で戻ってきた。……告白されたな!?!?
つまりなんだ。僕なんかが話しかけるような隙、マジでない。
彼氏なのに。え、彼氏だよね??
もう一度、冷静にあの時のことを思い返す。キーワードは4つだ。
接点のない男子、保健室、密着、キス……。
――ッ!!!まさか――ッ!?
いや、まさかとは思うけど……紅羽さんは、もしかして……!?
――男遊び大好き系女子なのか!?!?
僕の脳内で警報ベルが鳴り響く。
いやいやいや、紅羽さんだよ? 天使だよ? そんなわけ――でも、ゼロとは言い切れなくない!?!?
* * *
放課後。ついぞ僕は紅羽さんと一度も話すことができなかった。
というか、半径一メートル以内にすら近づけなかった。
つい先週、ゼロ距離で触れ合ったというのに。
もしかしたら本当に、彼女にとっては“ちょっとつまみ食いしただけのモブ男子”だったのかもしれない。
僕は山田に「今日は一人にしてくれ……」と告げ、とぼとぼと歩き出す。
廊下を吹き抜ける風が目に染みた。
涙が出そうなのは、きっとこの風のせいだ。そう思いながら僕は一人、帰路についた。
……ちょっと寄り道でもしようかな。
そのまま家に帰ったら、マジで号泣するに決まっている。
だから僕は駅とは反対方向へ歩き出した。
たしか、この先に大きな公園があったはず。
小学生にドン引きされてもいいから、全力でブランコでも漕いでやろう。
そう思いつつ公園へ足を向けると――。
そこにいたのは、見知った顔。見間違えるはずのない美少女美園紅羽
僕のラブ・マイ・ハニー。
……背が高く、陽光を受けて輝く金髪のイケメンと一緒にいた。
その光景を見た瞬間、僕は膝から崩れ落ちた。




