13:イケメンと壁ドン
もうすぐ夏休みに入ろうかという頃。
帰りのHRを終えて帰り支度をしている僕の目の前には紅羽さんがいた。
「……ねぇ、今日一緒に帰ろう?」
「だめ」
「今日はバイトないんでしょ?」
「だめ」
「ね~、お~ね~が~い~」
机にチョコンと手をかけ、上目遣いでアピールしてくる紅羽さん。
あーもー、クソ可愛い!!!!
「だめ」
僕は自らの感情を切って燃やして灰にして埋め立てながら答える。
「何もしないから!」
「するじゃん……」
全校生徒憧れの美少女、美園紅羽が、よりによって1人のモブ男子に夢中になっている。
その噂は学校中を駆けめぐり、泣き崩れる男子が屍となり、やがて復讐のゾンビとなり、再び屍となり……。
そんな阿鼻叫喚を何度か繰り返した今は、ようやく日常が戻ってきた。
――すれ違いざまに唇を噛み締めすぎて口から血を垂らしてる男子や、握り拳に力を込めすぎて血が滲んでる男子はまだ散見されるけど。
「はぁ……」
ため息をつくと、紅羽さんはプクーっと口を膨らませて「怒ってます!」アピール。
僕はとっさに目をそらした。
え?どうして可愛くて愛しくて世界最強美少女の紅羽さんを無視してるのかって??
単純な話さ。最近またしてもうっかり吸われすぎてヤバイからだ。
――血を吸われると相手のことを好きになる。
これは吸血の副作用なんだけど。
今の僕は「紅羽」と書いた紙を部屋中に貼り、全力で白目を剥きながら「しゅきしゅきぃぃぃぃ!!」と数時間叫び続けないと、家から一歩も出られない体になっている。
え?なんでそんな事してるのかって?
決まってるだろ。現実の紅羽さんを押し倒さないようにするためだ。
紅羽さんの視点に立って想像してみろよ?
――冷蔵庫を開けたら、そこから大好物のステーキが勝手に飛び出してきて、押し倒されるんだぞ!?
激しく求めてくるステーキとか嬉しいか!?!?
……僕は、紅羽さんにそんな“食材に襲われる悲劇”を味わわせたくないんだ。
「じゃあ、今日も私が抑えておいてあげるね」
紅羽さんの女友達、柔道部の強子ちゃんが、ガシッと羽交い絞めにする。
「ちょ……ッ! だめー! やめてー!! はーなーしーてー!!」
圧倒的な体格差に加えて、運動神経ポンコツな紅羽さんがそこから抜け出せるはずもない。
「すみません、いつも本当にお世話になっております」
「うむ」
僕は深々と強子ちゃんに頭を下げて、そそくさと教室を後にする。
……今度の柔道部への差し入れは、何にしようかな。
金銭的に少し余裕が出てきた僕は、そんなことを考えていた。
校舎を出ると、容赦ない日差しが肌を刺すように照りつけてきた。
吸血鬼なら一瞬で燃え尽きてしまうんじゃないか……と一瞬思ったけど、実際の吸血鬼は平気なんだっけ。
血を吸う以外の特徴って、そういえばあるのかな? ……ほとんど人間と変わらないしなぁ。
そんなことを考えながら歩いていたら――校門のあたりがやけに騒がしいことに気づいた。
……いや、騒がしいどころじゃない。
黄色い嬌声がえげつないほどに響きわたり、まるで男性アイドルのライブ会場みたいになっている。
芸能人でも来てるのか??
女子生徒でギュウギュウに詰まった校門を、どうにか隙間を縫って抜け出そうとしたその時――。
「オイコラ、待てよ」
声をかけてきたのは、いつかの超絶イケメン吸血鬼――神城玲央だった。
長い脚を無造作に投げ出すように歩くだけで、校門前の空気が一変する。
金色の髪が陽光を反射し、緑がかった瞳がギラリと光った。
透けるように白い肌は外国の血を思わせ、制服を雑に着崩しているのに、逆にモデルみたいにサマになる。
「「キャーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」」
あまりにもイケメンすぎて、黄色い歓声の中に僕のキャーも混じった。
……いや、混じったっていうか、完全にハモった。音程まで合ってた。
僕、もう女子生徒扱いされちゃうんじゃない!?
「……? なんだ? どうした??」
僕の目の前に立つ玲央が口を開いた。
「いや……どこの芸能人の方かと思いまして」
「芸能人なんてならねーよ。……てか、なんで敬語なんだよ」
芸能人じゃない、じゃなくて――ならねえ、なのか。
その自信がもう芸能人みたいなんだけど!?
「イケメン過ぎて……」
「あん?」
そう言って、玲央はその顔を僕のすぐそばに寄せてくる。
――ちょっ、近いって……ッ!!
「もっと近くで見るか?」
「「キャーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」」
またしても僕の悲鳴と女子の歓声が、完全にシンクロした。
僕、もう合唱部に入るべきかもしれない。
玲央が僕の手首をガシッと掴んだ。
「ちょっ、え!? 痛い痛い痛い!!」
「うるせぇ。来い」
そのままズンズンと歩き出す玲央。僕は引きずられるカバンみたいに必死に付いていくしかなかった。
「ちょっ、どこ連れてくんだよ!? 僕今日は本屋に寄って――」
「黙れ」
有無を言わせぬ一言で封殺された。
いやいやいや!! これ少女漫画でよく見るやつじゃん!!
僕ってどんなポジション!? 地味女子枠って感じ!?!?
人混みを抜け、住宅街に差し掛かった静かな場所で、玲央が急に立ち止まった。
その勢いで僕はフェンスにガシャンッと押しつけられる。
ちなみに変電所のフェンスでした!! なんでよりによってここなの!?
「えぇ!? なにこれ壁ドン!? 僕いま壁ドンされてる!?!?」
パニックで声が裏返る僕の目を、緑がかった瞳が射抜いた。
「……連絡、待ってたんだけど?」
低い声が耳元で響いた。
心臓がドクンと跳ね上がる。やめろやめろやめろ!
「え、いや……その……」
「俺がわざわざ番号入れてやったのに、シカトか? バカかお前」
近い。顔が近い。息がかかる。
その俺様オーラに飲み込まれて、返事が喉に詰まる。
「それともお前――この俺を焦らそうとでも思ったのか?」
ギラリと光る瞳に完全に射抜かれた。
僕の頭の中では赤い警報とピンクのバラが同時に咲き乱れている。
それを必死で黒く塗りつぶしながら、僕は答えた。
「……ぶっちゃけ……忘れてた……かも……?」
玲央が、ほんの少しだけ寂しそうな顔をした。
……いや、流石にだめだよな? なんかゴメン。お前すごく良いヤツなのに……
「なら、忘れられねえようにしてやる」
玲央は僕のワイシャツの襟を掴む。ボタンがプチプチプチッと3つほど外れた。
そしてその牙が――僕の鎖骨のすぐ下へと沈んでいく。
「ひゃああああ~~~~~~~ああああああああんッ!!!」
鎖骨は一番折れやすい骨だぞう! 鎖骨は一番折れやすい骨だぞう!
中学校時代の先生の声が、何故かリフレインした。




