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美少女に首筋チュウされて喜んでたら、彼女の正体は吸血鬼で僕は食材ポジションでした。  作者: 五月雨恋


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11/22

11:パパと吸血鬼の館

 ドアが静かに閉まると、外の喧騒は嘘みたいに消えた。

 高級車特有の柔らかなシートに沈み込みながら、僕は落ち着かない視線を泳がせる。


 いや、何この車。なんで対面に座席があるんですか!? 偉い人の専用車両かよ!?

 紅羽(くれは)さんの親は、複数の病院を経営する地元でも有名なお金持ちだとは聞いていた。

 ……けれど実際にこうして対座してみると、スケール感が違いすぎて胃が痛い。

 僕は向かいに座る――紅羽(くれは)さんの父、美園(みその)アレッサンドロと見つめ合う。

 威圧感はあるのに、笑みは穏やか。けれどその瞳の奥は氷のように冷たくて、背筋(せすじ)がゾクゾクした。


「娘が、お世話になっているそうだね?」

「はい!いいえ!!お世話になっているのは僕の方です!!」


 YESとNOを同時に口走りながら、僕は思った。

 ――いや待て。紅羽(くれは)さんが吸血鬼ってことは、この人もまさか……?


 「もちろん、私も吸血鬼だよ」

 アレッサンドロは僕の心を読んだかのように、サラリと言ってのけた。


「最近は特に仲が良いそうじゃないか?」

「はい! でも、全くやましいことはなくて食事です! 僕は食材です!!」


 威圧感に飲まれて、声が裏返る。


「――食材。」


 アレッサンドロはその単語を重くつぶやいた。

 ……え、ダメでしたか!? 違いましたか!? “吸血鬼相手の正しい受け答えマナー集”とか無いんですか!?


 パニックな僕をよそに、彼は淡々と語り始めた。


「……吸血鬼にとって“血を吸う”というのは、ただの食事ではない」


 低く響く声に、車内の空気が一段と重くなる。


「娘からも聞いていると思うが、吸血には好意の変動が伴う。――つまり、娘が誰かを日常的に吸うというのは、その相手を将来の伴侶として受け入れるに等しい。……普通の恋愛とは訳が違う。ましてや単なる食事であるはずも無い」


 僕はごくりと唾を飲む。やっぱりそういう意味だったのか……。

 けれど、その瞬間――彼の瞳がわずかに妖しく光った気がした。


「……ふむ。なるほど……」


 僕を射抜くように見つめるその視線は、父親のものというよりも――捕食者のものだった。


「君の血……とても美味しそうだ」


 全身が凍りつく。

 その一言で、この高級車は逃げ場のない“(おり)”へと変わった気がした。


 * * *

 

 やがて車は、背の高い門が連なる高級住宅街へと入っていった。

 並ぶのは石造りや洋館風の大邸宅ばかり。まるで異世界に迷い込んだようで、僕はひたすら身を縮めるしかなかった。


 その間、僕は延々と質問攻めにあった。

 好きな食べ物、嫌いな食べ物、身長、体重、体調の記録、普段の食生活まで――。


 ……いやもう食材の吟味じゃん!!!

 これ絶対“血を吸う”とかじゃなくて“調理して食べる”方向に行くやつじゃないよね!? 大人の吸血鬼ってそういうホラー拡張ルールあるの!?!?


 震える僕を乗せた車は、やがて重厚な鉄の門をくぐる。

 その奥に姿を現したのは――石造りの巨大な屋敷。


 外壁は(つた)に覆われ、塔のような尖った屋根がいくつも突き出している。

 窓は細長く、まるで監視のために設けられたスリットのよう。

 門を閉ざすと外界の音は完全に遮断され、庭に立ち込める霧がじわじわと濃さを増していく。


 夜が迫る空の下、館の輪郭はますます不気味さを帯びて――。


 * * *

 

 ……いやもう完全に「吸血鬼の館」ですやんコレ!!!

 ガーゴイルの石像とか飾ってあるし! 夜中に動き出すやつでしょ!?!?


 僕は青ざめながら、いよいよ屋敷の玄関へと招き入れられた。


「こちらへどうぞ」


 使用人らしきスーツ姿の男性が、音もなく一礼する。

 分厚い扉がゆっくりと開いた瞬間、赤い絨毯(じゅうたん)燭台(しょくだい)の並ぶホールが目に飛び込んできた。


 ……え、やっぱり完全にヴァンパイアハウスじゃん。

 ここから先、生きて帰れるビジョンがまるで浮かばないんですけど!?!?


 

 そのまま僕は長い廊下を歩く。

 薄暗い廊下ではときおり「ウィーン……」という謎の機械音が響いてくる。


 何かが足にコツンと当たった。


「ひぃ!!!」


「こーらこら、駄目じゃないかピッコロ。大切なお客様だよ?」


 紅羽(くれは)パパが僕の足元に視線を落とす。そこにいたのは――円形のお掃除ロボットだった。


「ほら、仕事に戻りなさい」


 パパが軽く向きを直すと、ピッコロはホコリを吸い込みながら、再びウィーンと廊下を進んでいった。


 ――いや、ピッコロて。ペット枠じゃなくて家電枠だろそれ!!


 そんなツッコミを心の中で叫びつつ、僕は重厚な扉を抜けて広い応接間へと通された。

 壁には古びた絵画、ここでも赤黒い絨毯(じゅうたん)、窓には分厚いカーテン……ますます「吸血鬼の(やかた)」って感じだ。


 とりあえず確認だ。紅羽(くれは)さんのお父さんの自宅という事は……いずれ紅羽(くれは)さんも帰ってくるんだよな?

 それまで、なんとか命を繋ぎきってみせる……!!


「く、紅羽(くれは)さんもここに住んでるんですよね? いやぁ、広くて立派なお屋敷ですねぇ!?」


 僕が必死に話題を振ると、アレッサンドロは小さく首を振った。


「いや。娘はここには帰ってこない。――ここは私専用の屋敷だからね」


 ニィ……と口角を上げたその笑みに、鋭い犬歯(けんし)がのぞく。

 アレッサンドロは軽く手を振り、使用人たちを部屋から下がらせた。

 バタンと扉が閉まる。残されたのは――僕と、紅羽(くれは)パパの二人きり。


「やはり……美味しそうだ」

「そ、そんな! 滅相もありません!!! 血はちょっと美味しいかもしれませんが、肉には自信がありません!!」


 僕のパニック発言に、アレッサンドロはフッと小さく笑った。

 穏やかに微笑んでいるのに、その瞳の奥には猛獣のような光がちらついている。


「安心しなさい。私はただ――娘が心を奪われるほどの“血”を、この目で確かめたくてね」


 ……彼氏候補として値踏(ねぶ)みされているのか。

 それとも高級食材として品定めされているのか。


 僕の脳内は緊張と恐怖と、そして訳の分からない優越感でぐっちゃぐちゃだった。……高級ならちょっと良い気分じゃない?

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