11:パパと吸血鬼の館
ドアが静かに閉まると、外の喧騒は嘘みたいに消えた。
高級車特有の柔らかなシートに沈み込みながら、僕は落ち着かない視線を泳がせる。
いや、何この車。なんで対面に座席があるんですか!? 偉い人の専用車両かよ!?
紅羽さんの親は、複数の病院を経営する地元でも有名なお金持ちだとは聞いていた。
……けれど実際にこうして対座してみると、スケール感が違いすぎて胃が痛い。
僕は向かいに座る――紅羽さんの父、美園アレッサンドロと見つめ合う。
威圧感はあるのに、笑みは穏やか。けれどその瞳の奥は氷のように冷たくて、背筋がゾクゾクした。
「娘が、お世話になっているそうだね?」
「はい!いいえ!!お世話になっているのは僕の方です!!」
YESとNOを同時に口走りながら、僕は思った。
――いや待て。紅羽さんが吸血鬼ってことは、この人もまさか……?
「もちろん、私も吸血鬼だよ」
アレッサンドロは僕の心を読んだかのように、サラリと言ってのけた。
「最近は特に仲が良いそうじゃないか?」
「はい! でも、全くやましいことはなくて食事です! 僕は食材です!!」
威圧感に飲まれて、声が裏返る。
「――食材。」
アレッサンドロはその単語を重くつぶやいた。
……え、ダメでしたか!? 違いましたか!? “吸血鬼相手の正しい受け答えマナー集”とか無いんですか!?
パニックな僕をよそに、彼は淡々と語り始めた。
「……吸血鬼にとって“血を吸う”というのは、ただの食事ではない」
低く響く声に、車内の空気が一段と重くなる。
「娘からも聞いていると思うが、吸血には好意の変動が伴う。――つまり、娘が誰かを日常的に吸うというのは、その相手を将来の伴侶として受け入れるに等しい。……普通の恋愛とは訳が違う。ましてや単なる食事であるはずも無い」
僕はごくりと唾を飲む。やっぱりそういう意味だったのか……。
けれど、その瞬間――彼の瞳がわずかに妖しく光った気がした。
「……ふむ。なるほど……」
僕を射抜くように見つめるその視線は、父親のものというよりも――捕食者のものだった。
「君の血……とても美味しそうだ」
全身が凍りつく。
その一言で、この高級車は逃げ場のない“檻”へと変わった気がした。
* * *
やがて車は、背の高い門が連なる高級住宅街へと入っていった。
並ぶのは石造りや洋館風の大邸宅ばかり。まるで異世界に迷い込んだようで、僕はひたすら身を縮めるしかなかった。
その間、僕は延々と質問攻めにあった。
好きな食べ物、嫌いな食べ物、身長、体重、体調の記録、普段の食生活まで――。
……いやもう食材の吟味じゃん!!!
これ絶対“血を吸う”とかじゃなくて“調理して食べる”方向に行くやつじゃないよね!? 大人の吸血鬼ってそういうホラー拡張ルールあるの!?!?
震える僕を乗せた車は、やがて重厚な鉄の門をくぐる。
その奥に姿を現したのは――石造りの巨大な屋敷。
外壁は蔦に覆われ、塔のような尖った屋根がいくつも突き出している。
窓は細長く、まるで監視のために設けられたスリットのよう。
門を閉ざすと外界の音は完全に遮断され、庭に立ち込める霧がじわじわと濃さを増していく。
夜が迫る空の下、館の輪郭はますます不気味さを帯びて――。
* * *
……いやもう完全に「吸血鬼の館」ですやんコレ!!!
ガーゴイルの石像とか飾ってあるし! 夜中に動き出すやつでしょ!?!?
僕は青ざめながら、いよいよ屋敷の玄関へと招き入れられた。
「こちらへどうぞ」
使用人らしきスーツ姿の男性が、音もなく一礼する。
分厚い扉がゆっくりと開いた瞬間、赤い絨毯と燭台の並ぶホールが目に飛び込んできた。
……え、やっぱり完全にヴァンパイアハウスじゃん。
ここから先、生きて帰れるビジョンがまるで浮かばないんですけど!?!?
そのまま僕は長い廊下を歩く。
薄暗い廊下ではときおり「ウィーン……」という謎の機械音が響いてくる。
何かが足にコツンと当たった。
「ひぃ!!!」
「こーらこら、駄目じゃないかピッコロ。大切なお客様だよ?」
紅羽パパが僕の足元に視線を落とす。そこにいたのは――円形のお掃除ロボットだった。
「ほら、仕事に戻りなさい」
パパが軽く向きを直すと、ピッコロはホコリを吸い込みながら、再びウィーンと廊下を進んでいった。
――いや、ピッコロて。ペット枠じゃなくて家電枠だろそれ!!
そんなツッコミを心の中で叫びつつ、僕は重厚な扉を抜けて広い応接間へと通された。
壁には古びた絵画、ここでも赤黒い絨毯、窓には分厚いカーテン……ますます「吸血鬼の館」って感じだ。
とりあえず確認だ。紅羽さんのお父さんの自宅という事は……いずれ紅羽さんも帰ってくるんだよな?
それまで、なんとか命を繋ぎきってみせる……!!
「く、紅羽さんもここに住んでるんですよね? いやぁ、広くて立派なお屋敷ですねぇ!?」
僕が必死に話題を振ると、アレッサンドロは小さく首を振った。
「いや。娘はここには帰ってこない。――ここは私専用の屋敷だからね」
ニィ……と口角を上げたその笑みに、鋭い犬歯がのぞく。
アレッサンドロは軽く手を振り、使用人たちを部屋から下がらせた。
バタンと扉が閉まる。残されたのは――僕と、紅羽パパの二人きり。
「やはり……美味しそうだ」
「そ、そんな! 滅相もありません!!! 血はちょっと美味しいかもしれませんが、肉には自信がありません!!」
僕のパニック発言に、アレッサンドロはフッと小さく笑った。
穏やかに微笑んでいるのに、その瞳の奥には猛獣のような光がちらついている。
「安心しなさい。私はただ――娘が心を奪われるほどの“血”を、この目で確かめたくてね」
……彼氏候補として値踏みされているのか。
それとも高級食材として品定めされているのか。
僕の脳内は緊張と恐怖と、そして訳の分からない優越感でぐっちゃぐちゃだった。……高級ならちょっと良い気分じゃない?




