10:ヒロインとお弁当、そして父
紅羽さんとカラオケに行ったのは、大体1週間ほどが前だ。
僕の学校生活は――以前と変わらず平穏……にはならなかった。
とにかく男子からの当たりがキツいのだ。
普段の授業はまだマシだけど、体育は命がけである。
先日のサッカーでは、なぜか僕へのスライディングだけで1試合にレッドカードが10枚。
もっと早く没収試合にすれば良かったのに、審判は終始「危険なプレーに注意してくださーい」とか言ってるだけ。
――まあ、審判も同級生だしな。当然グルである。
ちなみに先生はレッドカードだけ出していた。いや止めてよ。
おかげでファールじゃないのにレッドカードが飛び交うカオスな試合になったじゃないか。
まぁ、そんな肉食動物のような男子も……。
「野中くん、屋上で一緒にご飯食べよ?」
「いいよ」
紅羽さんが僕を誘った瞬間、彼らは一斉に牙と全身の骨を抜かれたようにおとなしくなる。
あまりに静かすぎて「全員死んでない?」って心配になるほどだ。
ちなみに僕の数少ない友人・山田はというと……。
「お前……絶対なんか犯罪やっただろ」と、僕の素行調査を秘密裏に進めていた。
――いや、僕ら友達だよね???
* * *
「「いただきまーす」」
屋上のベンチに腰を下ろし、僕は膝の上に弁当を広げる。
隣に座る紅羽さんは、なぜか僕の弁当の蓋をパタンと閉じて、せっせと片付けを始めた。
「……紅羽さん?」
「――はいッ!?」
体をピョコンと跳ねさせ、何も言わずに上目遣いでおねだりしてくる。
「お弁当、食べてからね?」
「――わ、分かった」
唇を尖らせて自分の弁当を取り出す紅羽さん。 僕も「やれやれ」と肩をすくめて、弁当を開き直した。
突然だが、僕も男だ。
出来ることなら毎日、いや、一日に何回でも紅羽さんに吸血されたいと思っている。
でも、吸血ってどうしても“えっちな空気”になる。
下心丸出しで「吸ってくれ」なんて言ったら、男としての尊厳が消し飛ぶ気がして、僕は全力で自制していた。
――のに!!
予想以上に紅羽さんが僕を求めてくるのだ。
そりゃ彼女にとってはただの食事だろうさ!
傍らにある絶品チョコレートを前に「もう1個だけ……」って手が伸びるのは人間の性じゃないか!?
そのチョコが僕なんだよ!!!
……で、そんな頻繁に求められたら、僕だっておかしくなる。こちとら健康な男子高校生だ。分かるだろう? 止められなくなるだろう??
ねぇ神様? 僕、あと何回まで正気でいられますか??
それ以外にも、懸念はある。
――玲央が言っていた「吸血されるごとに相手を好きになる」って話だ。
卵焼きをモグモグ食べながら、僕は隣の紅羽さんを横目に見る。
今は苦手なキノコと格闘中。……ああ、可愛い。
僕は前から……入学当初から紅羽さんのことは好きだった。
いや、“憧れ”に近いとは思う。それでも、最初から好感度は天井MAXだと思っていた。
これ以上好きになる余地なんて無い――そう思っていたはずなのに。
……違った。
吸血されるたびに、さらに振り切れていく。
バレないよう必死に平静を装っているけど、心のゲージはとっくに限界突破しているのだ。
……正直、増しすぎてヤバい。
証拠に、カラオケで吸われた翌日には、自宅で「紅羽」と書いた紙に数えきれないほどキスをしてしまった。
我ながら異常行動。完全に重症だ。
それもあって、流石にマズいと思って自制しているんだけど……。
キノコを飲み込んだ紅羽さんが、僕の耳元で囁いた。
「ちょっとだけ……だめ?」
「まだ食べ終わってないでしょ」
「本当にちょっとだけっ!」
「人目もあるからダメ」
「はむっ」
「ちょ、コラッ……!!」
紅羽さんは耳たぶに軽く噛みつき、ちょっとだけ血を吸った。最近、吸血鬼仲間に教わった“チョイ飲みスタイル”らしい。
――サラリーマンの晩酌かよ。
「……やっぱ好きぃ……」
そう呟きながら、追加でトマトを口に放り込んで、僕の肩に寄りかかってくる。
血とトマトってどんな味のハーモニーなんだ。
こんな感じで、可愛い不意打ちを連発されると……僕は、もう止められない。
ふと周りを見ると、女子は遠目にニヤニヤ、男子は魂抜けた顔。
――まぁそうだよな。僕たちの“吸血”は、どう見ても。
完全なるイチャラブにしか見えないんだ。
弁当を食べ終えて歩き出すと、紅羽さんが甘え声で言った。
「野中くん、体育館裏、散歩しない?」
「さっき吸ったから今日はもうダメ」
「そんなぁ~ッ!!」
僕は鋼の自制心で断りを入れる。
……分かってくれ。僕だって本当は、吸われたいんだ。
まぁ放課後になら……いや駄目だ駄目だ!!今日は絶対駄目だ!!!
* * *
放課後、紅羽さんは委員会があるとかで友達に連行されていった。
「野中くんと帰りたいよ~~ッ!!」とか言うから教室内が阿鼻叫喚の嵐になった。
……その目で見るなお前たち。彼女の叫びは恋じゃない、食欲だ。
唯一の友達の山田はそそくさと逃げ帰ってしまったので、僕は一人、帰路につく。
……この数日で友達減ったなぁ。いずれ消滅するのでは?不安しかない。
下駄箱を開け、何枚かの果たし状をゴミ箱に捨て、靴の中身を確認してから履き替える。
今日は空模様も怪しいし、雨が降る前に帰らなきゃな――。
そんなことを考えながら校門を出た瞬間。
いかにも「高級外車!」って感じの長い黒塗りの車が、目の前で停まった。
ウィーンと窓が開き、低い声が響く。
「君が――野中順くんだね?」
――え、誰?
「私は美園アレッサンドロ。美園紅羽の……父だ」
ゴッドファーザーみたいな雰囲気のオジ様が、そこにいた。
……え、なにこれ??次回予告??




