第7話「“辞めたくない”会社を作れ」
鬼頭係長の左遷、鬼会議の廃止。
社内の空気は少しずつ変わっていた。
だが黒嶺は、それだけでは改革は長続きしないことを知っていた。
(仕組みを変えても、人が変わらなければ元に戻る)
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昼休み、休憩スペース。
3人の若手社員が集まり、ひそひそ話をしていた。
「最近ちょっと帰りやすくなったよな」
「でもまた元に戻るんじゃ……」
「俺、もう辞めようかと思ってたし」
その言葉に、黒嶺が声をかけた。
「辞める前に、“やめたくない会社”に変えてみませんか?」
3人が驚いた顔を向ける。
「僕は一人でもやりますが、仲間がいれば変化は早い。
そして、一度“居心地が良い職場”を知った人間は、もう昔の環境には戻れません」
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その週末、黒嶺は残業終わりのメンバーを会議室に集めた。
そこにあったのは──
•退職率・残業時間・業務効率のデータグラフ
•改善後の成果事例集(残業削減、休日確保、業務効率化)
•提案書のテンプレート(誰でも意見を数字付きで提出できる)
「今日からここを、ブラック社員チームと呼びます。
ブラックな環境を壊すために、もっとブラックな速度と精度で動くチームです」
笑いが起きたが、その目は真剣だった。
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数日後。
部下の一人・佐伯が営業部会議で手を挙げた。
「新しい顧客リスト、昨日黒嶺さんが作ってくれたデータを使えば、成約率が2割上がります」
部長が鼻で笑う。
「そんなもん机上の空論だ」
だが、黒嶺が即座に数字を提示した。
「テスト運用3日間で成約率19.6%増。現場が証明しています」
反論は潰え、提案は即採用。
会議室の隅で、佐伯が小さくガッツポーズをしていた。
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黒嶺は、部下たちの業務をサポートするため、
昼は自分の仕事を3倍速で片付け、空いた時間で資料作成・データ整理・ツール開発を次々と提供した。
「黒嶺さんが作ったこのマクロ、神すぎます……」
「これで毎日1時間早く帰れる」
「今までの地獄は何だったんだ」
黒嶺は、笑みを浮かべて一言。
「“時間”は奪われる前に、奪い返すんです」
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やがて社内に、こんな噂が広まった。
「最近、仕事がやたら早く終わる部署があるらしい」
「あそこはもう“別会社”みたいだ」
「リーダーは……黒嶺?」
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(まずは味方を固める。
次は──敵陣の中枢を崩す)
黒嶺は次のターゲットを見据えていた。