第6話「鬼会議、撃破」
午後8時30分。
会議室の空気は、コーヒーと疲労の臭いで満ちていた。
議題は「新サービスの販促戦略」。
しかし、実際は課長たちが延々と自分の部署の自慢と責任の押し付け合いを繰り返しているだけだった。
「じゃあ、その件は次回に持ち越しってことで──」
「あー、ちょっと待ってください、それじゃウチの立場が……」
「いやいや、そこは営業が──」
時計の針は9時、10時……そして11時を回っても、議論は堂々巡り。
部下たちは目を擦り、居眠りしそうな者も出てきた。
議事録担当の女性社員は、手が震えてキーボードを叩いている。
(……これが“地獄会議”か)
黒嶺は無言でノートPCを開くと、何やら高速でキーを叩き始めた。
タイピング音が、会議室に妙に響く。
—
日付が変わる頃、黒嶺が立ち上がった。
「……この会議、今日で終わらせましょう」
「は? 何を勝手な──」
「まず、これをご覧ください」
スクリーンに映されたのは、“過去半年分の全会議データ”だった。
開催時間、参加人数、会議の進行役、決定事項の有無──
そこにあった衝撃の数字は、こうだ。
•平均会議時間:3時間42分
•決定事項がない会議:全体の68%
•議題が当日決まった会議:42%
•延長発生率:89%
「この半年で、社員が会議に費やした総時間は 延べ1,430時間。
これを労務単価で換算すると、およそ1,170万円の損失です」
沈黙。
「……数字を持ち出せば何でも正しいってわけじゃないぞ」
「ええ。ですが、“何も決められない会議”は確実に間違いです」
黒嶺は、さらに2つの提案をスクリーンに表示した。
1.会議は60分上限、議題は事前配布必須
2.決定事項と担当者を議事録で即時共有、その場で承認
「これで会議時間は半減します。
そして浮いた時間を、現場の仕事に回すべきです」
「いや、それは……急には……」
「急に変えられない理由は何ですか?
“前例”以外で、明確な根拠を示してください」
沈黙が落ちた。
それは「理由がない」ことを証明する沈黙だった。
—
翌週。
新ルールが試験的に導入され、会議時間は本当に半分以下になった。
現場からは「仕事が進む」「夜に家でご飯が食べられる」と好評が相次ぐ。
だが、それ以上に注目を集めたのは、改革を推し進めた黒嶺の作業速度だった。
彼は会議中にリアルタイムで議事録を完成させ、その場で全員のメールに送信。
さらに、関連資料や過去の会議記録へのリンクまで自動添付していた。
「黒嶺さん……どうやったらそんなこと……」
「簡単ですよ。僕は“会議に参加しながら、会議を終わらせる”だけです」
—
その夜、黒嶺は社内チャットに短い一文を残した。
「時間を奪うものは、すべて敵です」
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次回、「“辞めたくない”会社を作れ」
改革の波に乗り、黒嶺は部下たちを束ねてチームを結成。
だが、それは次なる戦いの幕開けでもあった。