第4話「奴らの弱点は“数字”」
会議室に重苦しい空気が立ちこめていた。
黒嶺が提出した業務改革案──作業フローを再設計し、全社員の残業時間を3割削減する内容だった。
だが、上層部の反応は冷ややかだった。
「ウチは昔からこの形でやってきたんだ。
いきなりやり方を変えたら、むしろ混乱が生じる」
「数字をいじくって見栄え良くしただけだろ。現場のことを分かってない人間の机上の空論だ」
「それに、改善って言うけど、誰がその教育と手間をやるんだ? 現場が回らなくなるぞ」
まるで揃いも揃って、マニュアルでもあるかのような反論の連発。
だが黒嶺は、薄く笑ったままだ。
「……その“現場”は、すでに回っていません」
ざわ……と空気が揺れる。
「社員の平均残業時間は月92時間。
年間退職者数はここ3年で右肩上がり。
教育どころか、人が定着していません。
組織として、すでに壊死が始まっています」
「たかが数字を並べただけで──!」
「数字こそ現実です。感情より、歴史より、嘘をつかないのが“データ”です」
そう言って、黒嶺はもう一枚の資料をプロジェクターに投影した。
「これは僕が1週間で集計・可視化した、社内全体の作業実態マップです。
誰が、いつ、どの作業に、どれだけの時間を使っているか──すべて見える化しています」
表示されたのは、まさに“ブラック企業の内臓”。
無駄な二重チェック、不要な会議、誰も使っていないExcelファイル、形骸化した日報。
そして──業務の8%が、誰の指示かもわからぬ「謎の作業」で構成されていた。
沈黙が走った。
「……お前、これ全部、一人で作ったのか?」
「はい。作業時間、延べ26時間。
データ収集:自動ログ解析
分析:Python+Excel
出力:PowerPoint+PDF」
「なに言ってんだコイツ……」
「簡単に言えば、“あんたらが20年かけて積み上げたムダ”を、俺はたった1週間で分解しました」
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翌日。
社内役員会議で、黒嶺のレポートと改善案が提出される。
反対派の部長連中は無言だった。
そして──改革案は、“試験導入”という形で、一部現場に導入が決定した。
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その夜。
帰ろうとした佐伯に、黒嶺が資料を差し出す。
「これはあなたの担当業務を“自動化”するマクロです。
週10時間は浮くはずです。代わりに、ご家族と過ごしてください」
「……黒嶺さんって、本当に人間なんですか?」
「違います。“仕事の亡霊”ですから。
でも……みんなが人間らしく働けるなら、俺だけ人間やめるのも悪くない」
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次回、「怒鳴るだけの管理職を潰す方法」
声を荒げる者に、理はない。
証拠と法が、すべてを裁く。