第3話「経費の闇にメスを」
「それ、お前が立て替えておけよ。客先への“手土産代”だ」
そう言って、部長は封筒をひらりとデスクに落とした。
中にはレシートの束と、殴り書きのメモ。
【○月○日 接待:寿司 ○万円】
部下の佐伯は、顔を引きつらせながら言葉を飲み込んだ。
「おかしい」と思いながらも、言えるはずがない。
上司の命令は絶対だ。
だが──その背後から、別の声が割って入った。
「……その領収書、違法ですよ」
「なんだ、またお前か黒嶺」
「このレシート、日付も金額もバラバラです。
さらに“領収書の発行先”が社名と違う。個人名。──これ、経費じゃなくて“私用”ですね?」
部長の眉がピクリと動く。
「だったらなんだ。接待なんてそんなもんだ。細かく言うな」
「“細かく”言わなきゃ経理は回りませんよ。僕がそうしてるから、今日もあなたの部下たちは帰れてるんです」
—
その日の午後。
黒嶺は一人で3人分の資料作成をこなし、プレゼン資料10枚をわずか30分で仕上げた。
数式を組み込んだエクセルは自動でデータ集計を行い、PDF化・印刷まで済んでいる。
隣の席の女性社員が目を丸くした。
「……え、これ全部一人で?」
「ええ、あなたには“残りの仕事”をお願いしようと思って。
請求書の照合作業、1時間分浮きましたから」
「ま、待って……え、なんでそんなに早いんですか?」
「タイピング速度:1分間に400文字、Excel関数の記憶量:約320式。
あと、無駄な操作をしないので。マウスは、使いません」
「人間ですか……?」
—
翌朝。
経理部に一本の匿名メールが届いた。
添付されたファイルには、“接待費名目で処理された不正経費の一覧”が、日付・店舗名・金額別に完璧に整理されていた。
送り主は不明──だが、ファイルの末尾に、こう記されていた。
【この不正を見逃すことこそ、会社への背任です。】
—
数日後。
社内監査が入り、部長は“接待費不正処理”の件で処分される。
一部の経費は本人の自腹となり、プロジェクトから降ろされることに。
—
会議室。
部長が怒鳴っていた。
「お前がやったんだな!? この裏切り者!」
「裏切り……? いえ、最初から“味方”なんて思っていませんでした」
「てめぇ……!」
「あなたは“上司”ではありますが、“尊敬に値する人間”ではない」
「……っ」
「僕が信じるのは、今も終電ギリギリまで働いてる部下たちだけです。
彼らを救うためなら、いくらでも“裏切って”みせますよ。組織も、慣習も、あなたも」
—
その日から、部下たちの目が変わった。
「黒嶺さんがいるなら、まだ希望があるかもしれない」
「あの人の元で働きたい」
「俺たち、間違ってなかったんだ」
“ブラック社員”──
それはもはや、侮蔑ではなく、尊敬の呼び名になりつつあった。
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次回、「奴らの弱点は“数字”」
言葉よりも、ロジックよりも、最も強いのは──圧倒的な成果だ。