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【完結】月華の螺旋 ~月に咲くは、禁断の恋~  作者: ましろゆきな
第三章:宿命の衝突と顕れる力
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第七話:月の光と闇

朔夜との秘密の逢瀬を重ねるうち、沙樹は鬼の一族に対する認識を根底から揺さぶられていた。

彼らは、月の一族が語るような、ただ人を喰らい、闇を撒き散らすだけの悪しき存在ではなかった。

朔夜の言葉は、沙樹の知る世界の裏側に、深く、そして悲しい歴史が隠されていることを示唆していた。


ある月のない闇夜。朔夜はいつものように、沙樹が訪れた森の奥で、静かに彼女を待っていた。

沙樹は、その日、千尋から鬼に関する古文書を見せられ、彼らがいかに残忍で非道な存在であるかを改めて聞かされていたばかりだった。

一族の使命と、朔夜への感情の間で引き裂かれるような心地だった。


「……朔夜」


沙樹は、意を決して彼の名を呼んだ。


「鬼は、本当に、人の心を喰らうの?」


沙樹の問いに、朔夜はゆっくりと目を閉じた。彼の横顔は、深い悲しみを湛えているように見えた。


「我らは、確かに人の魂を喰らうことがある。だが、それは、お前たちが考えるような、ただの飢えではない」


朔夜の声は、普段よりも低く、重かった。


「我らの祖は、かつて、お前たち月の一族と共に、この世界に存在した。

我らは月の闇を受け入れ、お前たちは月の光を崇めた。

共にこの夜の森を分け合い、互いの存在を尊重していた時代もあったのだ」


沙樹は息を呑んだ。

そんな歴史は、月の一族の古文書には一切記されていなかった。

そこにあるのは、鬼がいかに忌まわしい存在であるか、そして、月の一族がいかに彼らを退けてきたか、という一方的な記録ばかりだったからだ。


「だが、いつしか、月の一族は闇を恐れ、闇を排斥するようになった。

我らの存在は、『穢れ』とされ、隠蔽され、追いやられた」


朔夜は、語るうちに、その瞳に深い怒りと悲しみを滲ませていた。


「我らが人の魂を喰らうのは、生きるためだけではない。力を得るためだけでもない。

それは、我らがこの世から消え去らないための、唯一の抵抗なのだ」


朔夜の言葉は、沙樹の心を深く抉った。

彼らは、ただの悪ではなく、長い歴史の中で、存在を否定され、虐げられてきた者たちなのだと。


「……では、あなたたちは、何のために暗躍しているの?」


沙樹の問いに、朔夜は遥か遠くを見つめるように目を細めた。


「我らの真の目的は、この地に、『永遠の闇』をもたらすことだ」


その言葉に、沙樹は衝撃を受けた。

永遠の闇。それは、月の一族が最も恐れ、阻止しようとしていることだった。


「この世界は、お前たち光の者が支配しすぎた。

月は満ちれば欠け、太陽は沈めば夜が来る。

それが自然の理であるはずなのに、お前たちは光ばかりを求め、闇を否定した。

その歪みが、この世界を蝕んでいる」


朔夜の声には、強い信念が込められていた。


「我らは、この地を本来の姿に戻したいのだ。光と闇が等しく存在する、均衡のとれた世界へ。そのためには、お前たち月の一族の力が、あまりにも強すぎる」


朔夜は、そこで一度言葉を区切ると、沙樹の方へ視線を戻した。


「そして、もう一つ。我らは、『始まりの月華』を探している」


「始まりの月華……?」


沙樹は思わず呟いた。そんな言葉、一族の誰も口にしたことがない。


「遥か昔、月の一族がまだ闇と共存していた時代。

最初に月の加護を得た月華は、光と闇の双方の性質を理解し、その力を繋ぐ存在だったという。

その月華の力が、この世界の均衡を取り戻す鍵になると、我らは信じている」


朔夜の言葉は、沙樹の心に雷が落ちたような衝撃を与えた。


彼の言う「始まりの月華」とは、もしや、自分の中に眠る、あの温かい光のことではないだろうか。

千尋が言うような、ただ闇を払うだけの光ではない、朔夜が感じ取った「闇に溶け込む光」のことではないだろうか。


「だから、あの時、私を助けたの?」


沙樹の問いに、朔夜は首を横に振った。


「最初は、お前の光に惹かれただけだ。

だが、お前と話すうちに、その光が、単なる月の加護ではないと確信した。

お前の中に、失われた『始まりの月華』の力が眠っているのかもしれないと」


朔夜は、沙樹の手にそっと触れた。彼の指先から、ひんやりとした、しかし確かな力が伝わってくる。


「我らの目的は、決して、お前たち月の一族を滅ぼすことではない。

この世界の歪みを正し、真の均衡を取り戻すことだ。そのためにお前の力が必要なのだ」


沙樹の頭の中で、全てのピースがはまっていくような感覚がした。

一族が隠してきた真実、鬼の隠された目的、そして、自分の中に眠る「月華」の力の本当の意味。


「永遠の闇」という言葉に最初は恐怖を感じたが、朔夜の語る「世界の均衡」という言葉には、説得力があった。

月の一族は、確かに光を偏重しすぎている。闇を徹底的に排斥することで、世界のバランスを崩しているのかもしれない。


「でも、もし私が、あなたの言う『始まりの月華』だとしたら……。私は、どうすればいいの?」


沙樹の問いに、朔夜は静かに答えた。


「お前が選べばいい。月の一族の、闇を憎む宿命に従うのか。

それとも、光と闇の螺旋を断ち切り、新たな均衡を築くのか。

その選択が、この世界の未来を決める」


朔夜の言葉は、沙樹に新たな使命を突きつけた。

それは、千尋が語る「月華としての使命」とは全く異なる、より大きく、そして危険な役割だった。

だが、同時に、沙樹の「月華」としての無力感や、足手まといになっているという歯がゆさを吹き飛ばすような、圧倒的な可能性を秘めていた。


鬼の一族が目指す「永遠の闇」が、必ずしも悪ではないこと。

そして、沙樹自身の「月華」の力が、その均衡を取り戻す鍵となること。

この真実を知ったことで、沙樹の心は、二つの「月閃」への想いだけでなく、月と鬼、それぞれの世界の間に横たわる深い対立へと、より深く巻き込まれていくことになる。


朔夜の瞳の奥に宿る、確固たる信念。

それは、禁断の恋という感情を超えて、沙樹の「月華」としての運命、そして世界の未来を左右する、大きな選択を迫るものだった。

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