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【完結】月華の螺旋 ~月に咲くは、禁断の恋~  作者: ましろゆきな
第二章:螺旋の絆と鬼の真実
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第四話:鬼との出会い

鳴神千尋との穏やかな指導、そして鳴神璋との秘密めいた特訓。

二人の「月閃」との関わりの中で、月守沙樹は少しずつ「月華」としての力を自覚し始めていた。

特に璋との訓練は、沙樹の五感を研ぎ澄ませ、周囲の「気配」を敏感に察知する能力を磨き上げていた。


その夜、沙樹はいつものように、璋との特訓を終え、月の光が降り注ぐ森の小道を足早に帰っていた。

体は疲れているはずなのに、心は不思議と高揚していた。

璋との訓練は、厳しさの中に、まるで未知の扉を開くような興奮があったのだ。


その時だった。


ザワリ、と、森の空気が変わった。

肌を撫でる風が、冷たく、重い。本能が警鐘を鳴らす。

これは、あの夜に感じたものと同じ「気配」。鬼だ。


沙樹は反射的に身を隠し、呼吸を潜めた。

周囲の闇に目を凝らす。

木々の葉が風もないのにざわめき、微かな低い唸り声が聞こえてくる。


複数の鬼の気配だ。

しかし、その中に、一つだけ異質なものが混じっていた。

他の鬼が放つ、人を喰らわんとするような悪意に満ちた気配とは違う、もっと静かで、それでいて底知れない深淵のような気配。


沙樹は枝葉の隙間から、そっと覗き込んだ。

森の開けた場所に、三体の鬼がいた。

二体は見るからに禍々しく、獣じみた唸り声を上げている。

しかし、その中央に立つ一体は、まるで絵画から抜け出たかのような、静謐な美しさを湛えていた。


その鬼は、人間と寸分違わぬ容姿をしていた。

闇に溶け込むような黒い衣を纏い、月光を反射する白銀の髪が肩まで流れている。

顔は月の光を浴びて、彫刻のように端正で、どこか憂いを帯びた瞳は、森の奥深くを見据えていた。

彼だけが、他の鬼とは一線を画す、圧倒的な「静けさ」を纏っていた。


「……朔夜さくや


なぜだか、その名前が沙樹の頭に浮かんだ。

以前、一族の古文書で見たような、見ていないような。

だが、その名が、その鬼にぴったりだと感じた。


鬼たちは、何かを探しているようだった。

荒々しく地面を掘り返し、周囲の木々を薙ぎ倒していく。そ

の目的は分からないが、尋常ではない様子だった。


突如、一体の鬼が、沙樹が隠れている茂みに向かって顔を向けた。


「……いる」


その低い声に、沙樹の心臓が跳ね上がった。

見つかった!

身を固くして逃走経路を考える間もなく、獰猛な鬼が沙樹の隠れる茂みに飛びかかってきた。


その瞬間、沙樹の体が反射的に動いた。

璋との訓練で培われた、野生のような感覚。

意識するよりも早く、身を翻して木の陰に隠れた。

間一髪で鬼の攻撃を躱した沙樹は、冷や汗をかきながらも、その俊敏な動きに自分自身が驚いた。


しかし、二体目の鬼が既に沙樹の背後に回り込んでいた。

逃げ場はない。

絶体絶命の状況で、沙樹は反射的に、掌に月の光を集めようとした。

「月華」の力を。

だが、まだ未熟な沙樹の力では、咄嗟の状況で完全に使いこなすことはできない。

僅かに淡い光が掌に灯っただけだった。


その時。

静謐な美しさを纏っていた「朔夜」が、一歩、前に踏み出した。

彼の動きは、あまりにも静かで、あまりにも速かった。

獣じみた鬼たちが反応するよりも早く、朔夜の姿は沙樹の前に現れた。


朔夜は、右腕を軽く振った。

それだけの動作で、沙樹に迫っていた二体の鬼が、まるで目に見えない壁に弾かれたかのように吹き飛んだ。

その場に倒れ込み、苦しげに呻き声を上げる。

沙樹は、何が起こったのか理解できなかった。


鬼が、鬼を攻撃した?


朔夜は、沙樹の方を向いた。

その瞳は、深淵のような闇を湛え、しかし、そこに敵意は感じられなかった。

ただ、じっと、沙樹を見つめている。


「……貴様は、何者だ」


朔夜の声は、低く、しかし、不思議なほど耳に心地よかった。

そこに、あの夜に沙樹を襲った鬼のような禍々しさはなかった。

沙樹は言葉が出ない。ただ、朔夜の瞳に吸い込まれるように見つめ返していた。


その時、遠くから別の「気配」が近づいてくるのが分かった。

鳴神千尋と璋だ。彼らが沙樹の危機を察知し、駆けつけてくるのだろう。


朔夜は、その気配を察したのか、ふっと目を細めた。


「……来るな」


そう呟くと、朔夜は沙樹に背を向け、吹き飛んだ二体の鬼の元へ歩み寄った。

彼は倒れている鬼たちに何かを囁き、彼らを促すように森の奥へと消えていった。

まるで、最初からそこに存在しなかったかのように、彼の姿は闇に溶けていった。


朔夜の姿が完全に消えた後も、沙樹はその場に立ち尽くしていた。

何が起こったのか、頭が追いつかない。


直後、千尋と璋が駆け込んできた。


「沙樹! 大丈夫か!」


千尋が血相を変えて沙樹に駆け寄る。

その顔には、安堵と同時に、深い不安の色が浮かんでいた。


「鬼の気配がしたんだが……!」


璋も周囲を警戒するが、既に鬼たちの気配は消え失せていた。


沙樹は震える声で、今起こったことを千尋と璋に話した。

鬼が鬼を退けたこと、そして、その鬼が放っていた異質な気配のこと。


千尋の表情は、みるみるうちに険しくなった。


「鬼が、月華を守った……? そんな馬鹿な話があるものか」


千尋は、沙樹の言葉に信じられないという顔をした。

一族の歴史において、鬼が月の者、特に「月華」を助けたなどという記録は存在しない。


しかし、璋は腕を組み、何かを考えるように月夜を見上げていた。


「……ありえない話じゃねーな」


璋の呟きに、千尋は驚いて弟を見た。


「璋、何を言っているんだ」


「あの気配は、俺たちには馴染みねぇが、あの野郎が放ってたもんとは違う気がした。

それに、確かに一瞬、鬼の気配が引いたのを感じた」


千尋はそれでも納得がいかない様子で、鬼が去った方向を警戒するように見つめていた。

一族の使命を重んじる彼にとって、鬼は絶対的な敵であり、その認識を覆すことは容易ではないのだろう。


だが、沙樹の心には、千尋や一族の常識とは異なる、新たな感情が芽生え始めていた。


あの「朔夜」と名付けた鬼は、なぜ沙樹を助けたのか?

彼の憂いを帯びた瞳の奥には、一体何が隠されているのか?


月光の下、沙樹の心は、二人の月閃への異なる感情と、そして未知の鬼への抗えない好奇心で満たされていた。

それは、まるで禁断の果実に手を伸ばすような、予感に満ちた衝動だった。


沙樹の「月華の螺旋」は、この夜、さらに複雑な曲線を描き始めたのだ。

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