第十三話:調和の光
沙樹と璋は、朔夜の元へと向かった。
朔夜は、二人が近づいてくるのを静かに待っていた。
彼らの周囲には、まだ鬼と月の一族の者たちが警戒するように距離を取っていたが、沙樹が放つ「始まりの月華」の光が、彼らの間に、微かな、しかし確かな「停戦」の空気を作り出していた。
「朔夜……あなたの望む『永遠の闇』とは、本当にこの世界に必要なものなの?」
沙樹は、朔夜に真っ直ぐに問いかけた。
朔夜は、瞳を閉じ、深く息を吐いた。
「我らの言う『永遠の闇』とは、お前たちが畏れるような、ただ全てを喰らい尽くす闇ではない。
光が支配しすぎたこの世界に、闇がその存在を主張すること。それが、真の均衡を取り戻す道だ」
朔夜の声は、感情を抑えたものだったが、その言葉には、鬼の一族の悲願が込められていた。
「でも、それでは、また争いが起こるだけよ!」
沙樹は食い下がった。
千尋の姿が脳裏に浮かぶ。光と闇が互いを主張し続ければ、争いは永遠に終わらない。
「争いを終わらせるには、光と闇が、互いの存在を認め、共存するしかない」
沙樹の言葉に、朔夜の瞳が、僅かに揺れた。
その時、璋が口を開いた。
「朔夜。あんたたちの言うことは、一理ある。一族が隠してきた真実も、俺は知りたい。
だが、このままじゃ、誰も幸せにならねぇ」
璋は、そう言うと、彼の掌から、淡い月の光が放たれた。
それは、千尋のように眩しい光ではない。
闇に溶け込むような、それでいて確かに存在する、璋自身の「月閃」の光だった。
「俺は、俺のやり方で、真実を見つける。そして、本当に正しい道を選ぶ。あんたは、どうだ?」
璋の言葉は、朔夜に直接問いかけるものだった。
璋は、一族のしきたりに反発しながらも、真実を求める過程で、彼なりの「月閃」としての役割を見出していたのだ。
朔夜は、沙樹と璋の顔を交互に見た。
彼の瞳に、沙樹が初めて出会った時に感じた、あの深い孤独と、そして何かを求めているような切なさが再び浮かび上がった。
「……我らは、あまりにも長く、闇に囚われすぎたのかもしれない」
朔夜の声が、微かに震えた。
「我らの願いは、この世界の均衡。だが、それを憎しみで奪い返すことが、真の均衡であるのか……」
朔夜は、ゆっくりと沙樹に手を伸ばした。
「月華よ。お前の光は、我らの心を動かす。憎しみを溶かし、新たな道を照らすことができる。
その力を……示せ」
朔夜の言葉は、沙樹に「始まりの月華」としての最終的な選択を促していた。
沙樹は、目を閉じた。
千尋の、自分を信じる優しい眼差しが浮かぶ。璋の、共に真実を探ろうとする、共犯者めいた笑顔が浮かぶ。そして、朔夜の、深く孤独な瞳が浮かぶ。
月の一族と鬼の一族、それぞれの歴史と悲願。光と闇の螺旋。
沙樹は、深呼吸をした。そして、ゆっくりと目を開いた。
その瞳は、もはや迷いを持たず、純粋な決意の光を宿していた。
沙樹は、その場で静かに立ち尽くし、掌に全ての月華の力を集中させた。
彼女の身体から放たれる光は、これまで見たこともないほどに強く、しかしどこまでも柔らかく、そして温かかった。
その光は、月の一族の者たちを包み込み、彼らの心に安堵と和解の念をもたらした。
同時に、鬼たちをも包み込み、彼らの内に宿る憎しみと苦しみを、ゆっくりと溶かしていく。
その光は、月の一族が信じてきた「光」でもなく、鬼が求めてきた「闇」でもなかった。
それは、光と闇、その両方を内包し、互いを否定することなく、寄り添い合うことを促す、「調和の光」だった。
沙樹は、その光の中で、鬼の一族と月の一族、双方に語りかけた。
「憎しみは、何も生み出しません。過去の過ちを繰り返すのではなく、共に未来を築きましょう。光と闇が互いを認め、共存できる世界を、この手で作りましょう!」
沙樹の言葉に、千尋が、静かに頷いた。
彼の表情からは、憎悪の念が消え、代わりに、沙樹への深い信頼と、新たな世界への希望が浮かんでいた。
璋もまた、沙樹の隣で、満足げな笑みを浮かべていた。彼が探していた「真実」は、まさにこの「調和の光」の中にあったのだ。
朔夜は、沙樹の放つ「調和の光」の中に立ち尽くしていた。
彼の瞳から、一筋の光が零れ落ちる。
それは、彼が何千年もの間、抱え続けてきた悲しみが、今、癒されようとしている証だった。
「……お前の光は……真の均衡をもたらす」
朔夜はそう呟くと、沙樹に深く頭を下げた。
鬼の一族もまた、その場に膝をつき、沙樹の「始まりの月華」の力を認めた。
長きにわたる月と鬼の争いは、月守沙樹の究極の選択と、「始まりの月華」の真の力によって、終わりを告げた。
彼女は、光と闇の螺旋を断ち切り、新たな世界の扉を開いたのだ。
しかし、この戦いの終結は、沙樹にとって、新たな始まりであると同時に、ある「別れ」を意味することも、彼女は知っていた。




