第十二話:月閃と月華
戦場の一時的な静寂の中、月守沙樹は、倒れ伏した鳴神千尋の元へと駆け寄った。
千尋は血を流し、苦しそうに息をしていた。
彼の瞳は沙樹を捉え、その中には、心配と、そして沙樹が放った光への驚きが混じっていた。
「千尋兄さん! 大丈夫!?」
沙樹の問いに、千尋は力なく首を振った。
「……沙樹……お前は……」
彼の言葉は途切れ途切れだったが、その手は沙樹の手を強く握った。
月華の光が、千尋の傷を微かに癒していくのが感じられた。
「俺には……お前の光が、眩しすぎて……理解できない……」
千尋の顔には、苦悩の色が深く刻まれていた。
彼は、これまで信じてきた「正義」と、沙樹が示した「真実」の間で激しく揺れ動いているようだった。
一族の長男として、月閃として、常に完璧であろうとしてきた彼の心が、今、大きく崩れようとしていた。
その時、鳴神璋が沙樹の隣に立った。
彼の表情は、普段の気だるげなものとは異なり、真剣な眼差しで千尋と沙樹を見つめていた。
「兄貴、今は休んでろ。あとは、俺と沙樹がやる」
璋の言葉に、千尋は目を見開いた。
「璋……? お前……」
「俺は、俺なりに真実を探してた。まさか、沙樹がそれを知ってたとはな」
璋は、そう言って沙樹の方を見た。
その瞳には、沙樹への信頼と、そして彼が追い求めてきた答えを見つけたことへの、確かな輝きがあった。
「沙樹、この状況を終わらせるには、朔夜の言う『永遠の闇』と、兄貴が信じる『光の世界』、その両方を納得させるしかない」
璋は冷静に状況を分析した。
「そのためには、お前の『始まりの月華』の力が、この場で証明されなきゃならねぇ」
沙樹は頷いた。璋の言葉は、沙樹が朔夜から聞いたこと、そして自分が感じていた「月華」の真の力を、明確に代弁していた。
千尋は、苦しげに体を起こそうとした。
「待て……! 璋、沙樹……何を考えている! 鬼と手を組むなど、ありえない!」
千尋はまだ、鬼への憎しみを捨てきれていなかった。
長年刷り込まれてきた一族の教えは、彼の心に深く根付いていたのだ。
「兄貴、あんたは休みが必要だ」
璋は、そう言うと、沙樹に目配せをした。
沙樹は千尋の手をそっと離し、彼が安心して休めるように、月の光で彼の周りに柔らかな結界を張った。千尋は、その結界の温かさに包まれ、徐々に意識を失っていった。
「よし、行くぞ、沙樹」
璋はそう言い、沙樹の隣に立った。
彼の表情には、迷いがなく、一族に反発してきた彼の真の覚悟が宿っていた。
沙樹と璋、二人の「月華」と「月閃」は、千尋が倒れた今、共闘してこの戦いを終わらせることを決意した。
それは、これまでのような「守られる者」と「守る者」の関係ではなく、互いを信頼し、支え合う、対等な戦友としての共闘だった。




