第8章「四次元の底」
第8章「四次元の底」
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「四次元ポケットの中って、ほんとになんでもあるのね」
――しずか(映画『のび太の新魔界大冒険』より)
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【1|開封】
出木杉は、しずかから託された四次元ポケットの封印を解いた。
黒い布地は、時の流れから隔絶された空気をまとう。
開口部から溢れるのは、無限の記憶と不在の感情。
内部にアクセスするため、彼は専用の同期端末を用いた。
・自己認証:正統継承者・源静香経由
・目的:封印記録の参照
・警告:アクセス先は“過去”そのもの
出木杉は、手を差し入れる。
触れた感触は“空”――にもかかわらず、重かった。
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【2|時間の残響】
ポケットの中は、**完全に保存された“小宇宙”**だった。
かつて使われたすべての道具、道具に触れた指、声、意志。
すべてが、“止まったままの記憶”として、そこにあった。
出木杉が手に取ったのは、ひとつの小型カートリッジ型記録装置。
その外殻には、しずかの手書きでこう書かれていた。
「出来杉さんへ」
装置を起動する。
映像が浮かぶ。
そこには、まだ健康だったしずかが、静かに座っていた。
『出木杉さん。……あなたがこれを見ているなら、
私はもう、この世界にいないはずです』
『ポケットの底にあるもの。
それは、“道具”なんかじゃない。
それは、“願い”そのものなんです』
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【3|願いの形】
映像は続く。
『のび太さんは、ドラえもんにもう一度会いたくて、
その想いだけで、未来を壊そうとしています』
『でもね、それが“誰かを犠牲にしてまで叶えたい夢”だったら、
それはもう夢じゃないと思うの』
彼女は、ポケットの中に何かを収める姿を見せる。
それは、小さな銀色の装置。
“イマジナリー・マップ”
――記憶をもとに、仮想未来を構築する道具。
使用者の“最も望んだ未来”を仮想的に現実に置換しようとする。
ただし代償は大きい。
使用者の記憶、人格、感情、すべてが“仮想と融合”し消える。
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【4|選ばれた者の孤独】
出木杉は、その装置を見つめながら呟いた。
「のび太……君は、
この道具を使って“誰かになろう”としたのか」
仮面の奥で笑っていた男は、かつて自分よりもずっと劣っていて、
でも、誰よりも“誰かに選ばれていた”。
そして今、自分自身を消してでも、
“かつての未来”を取り戻そうとしている。
「君は、“自分の弱さ”を肯定してくれる誰かを、
もう一度見たかったんだな」
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【5|再会の予兆】
その時、ポケットの内部で振動が起きた。
仮面の男の声が、四次元空間に直接届いた。
「出木杉。……君に、預けたいものがある」
振動の中から、転送されてきたのは、
かつての冒険の録音データだった。
のび太、しずか、ジャイアン、スネ夫――
そして、ドラえもんの声。
「出木杉くんは……すごいやつだよ」
「ぼくじゃ、かなわないくらいさ」
その声に、出木杉は目を伏せた。
「今さら、そんな言葉……」
だが、心のどこかで、彼はようやく“呼ばれた”気がしていた。
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《To Be Continued:第9章「出木杉、反撃に出る」へ》