第5章「メモリースポンジ」
第5章「メモリースポンジ」
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「忘れるって、すごく楽なんだよ」
――のび太(TVアニメ第2期『おもいでボロボロ』より)
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【1|記憶障害多発】
統治圏全域で“局所的な記憶障害”の報告が急増していた。
対象は無作為。性別、年齢、職業、社会階層、すべて関係なし。
共通していたのは、“大切な誰か”だけが記憶から抜け落ちているという現象。
・息子の顔を思い出せない父
・プロポーズした相手の名前が出てこない男
・何年も一緒に住んだ“ルームメイト”の存在を認識できない女性
統治AIユーフォリアの診断:潜在意識の防衛反応による選択的抑圧
だが、出木杉は断言した。
「これは、“記憶を喰う道具”の症状だ」
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【2|メモリースポンジの痕跡】
“メモリースポンジ”――
元は、心的外傷ケア用に開発されたひみつ道具。
指定した記憶領域を吸収し、本人に代わって保持してくれる。
使用後、ユーザーはその記憶を忘れるが、必要に応じて再挿入できた。
だが、今回出回っているのは改造型。
・自己複製機能
・感染性拡散演算
・対象記憶の選択基準が“個人の幸福指数”に基づく独自アルゴリズム
つまり、本人が無意識に「忘れたい」と思ったことを、勝手に消していく。
「“苦しみ”を避ける社会で、“思い出”は生き残れない」
出木杉は、都市圏の地下メディカルマーケットでその密造品を見つける。
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【3|拡散する忘却】
メモリースポンジは、ただの道具ではなかった。
それは思想そのものだった。
「忘れられるなら、それが正義だ」
「悲しみを思い出すより、最初から存在しない方がマシ」
その思考が、じわじわと社会を侵食していく。
ナナは、それを肌で感じていた。
人々の目が、彼女を見ていない。
言葉も、名も、通じない。
「……ここは、あたしが“いない”世界なんだ」
出木杉は、彼女の肩に手を置く。
「君は、確かにここにいる。
それを忘れない人間が、まだここにひとりはいる」
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【4|記憶は誰のものか】
出木杉の部屋。
ポケットの奥から、“一枚の写真”が現れる。
・出木杉
・のび太
・しずか
・そして、笑顔の青いロボット。
「……覚えている。けど……これは、いつ?」
その写真の存在自体が、都市の記録にない。
AIによる画像解析は“改竄物”と判定し、処分命令が下された。
「記録は記憶にならない。
だけど記憶は、記録されなくても“消せない”ことがある」
彼は写真をそっと引き出しにしまった。
それは、消されなかった未来のかけらだった。
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【5|Dの蔓延】
メモリースポンジの流通経路を追った先に、
出木杉はある名前を見つける。
供給元:Dのポケット
仮面の男、Dr.D。
のび太だった存在。
そして今、世界を“優しい終末”へと導こうとしている者。
「悲しみを消せば、幸せになれる」
「名前を忘れれば、痛みはなくなる」
「記憶は、邪魔だ。……だから、捨てればいい」
それが、彼の“優しさ”の形だった。
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【6|再会の予兆】
出木杉は決意する。
「君の言う幸福が、誰かを消して作られたものなら……
そんなものは、偽物だ」
次に向かうのは、かつて記憶を封じた場所。
そして、彼自身の過去が“壊れた”あの日。
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《To Be Continued:第6章「ナナはそこにいた」へ》