第3章「ポケットの封印」
第3章「ポケットの封印」
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「四次元ポケットがないと、きみはもう、未来に帰れないんだよ?」
――ドラえもん(『のび太の宇宙開拓史』)
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【1|沈黙のポケット】
出木杉は、机の下にある重い金属箱を取り出した。
表面には**「転送空間干渉物収容封」**と書かれている。
かつて都市省の開発室で、自らの手で設計した、
高位演算アイテム用封印ボックス。
中には――
黒い布で包まれた、柔らかい手触りの物体。
四次元ポケット。
しずかが命と引き換えに残した、世界にただひとつ残る“正規の”ポケットだった。
「開けてはだめ。時が来るまで」
かつてそう言ったしずかの声が、記録データとして残っていた。
だが今、その“時”が来たのかもしれない。
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【2|封印解除】
出木杉は、ポケットの封印を慎重に解いた。
中から現れたのは、異なる演算波長を持つ空間断層。
通常の現実空間では感知できない“異次元”が、わずかに震えていた。
彼は、専用のアクセスグローブを装着し、手を差し入れる。
中は無限とも感じられる静寂。
だが、その中に、“誰かの気配”があった。
「これは……記憶だ。
ポケットに封じられた、誰かの記憶そのもの」
手が触れたのは、小さな長方形の物体。
メモリーボックス。
しずかの記録装置だった。
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【3|しずかの声】
映像が始まる。
画面に映るのは、最後の頃のしずか。
髪は少し乱れ、顔に疲れがにじんでいた。
それでも、彼女は静かに微笑んでいた。
『出来杉さん。……これを、見ているということは、
あなたが、彼と向き合う覚悟をしたということね』
『のび太さんは……もう戻れない場所に行ってしまった。
彼は、ただ、ドラえもんに会いたかっただけなの。
でも、そのために、世界を歪めた。
彼の持っていた“優しさ”が、壊れたまま強さに化けてしまったの』
出木杉の手が、わずかに震えた。
『だから、あなたに託すわ。
最後のポケット。最後の道具。
あなたなら、彼を救えるかもしれない――
あるいは、止められるかもしれない』
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【4|黒い影】
ポケットの内部がわずかに揺れた。
何かが――入り込んできた。
出木杉は背筋を伸ばした。
そこには、黒いロングコートに身を包み、仮面をつけた人影が立っていた。
「やあ。久しぶりだね、出木杉」
声は歪められていたが、どこか懐かしい響きがあった。
「君は、変わらないな。相変わらず、正しいままだ」
出木杉は立ち上がり、言った。
「……のび太か」
仮面の男――Dr.Dは、少しだけ笑ったようだった。
「さあ、これから君が何をするか。
楽しみにしてるよ、“選ばれなかった少年”」
影は消えた。
だが空間に残されたかすかなドラ焼きの香りが、出木杉の記憶を刺した。
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【5|選択の始まり】
出木杉は、ポケットを再び封じ、深く息をついた。
「彼は、もう“のび太”ではないのかもしれない」
「だが、それでも……誰かが彼の名を呼ばなければならない」
出木杉は、タブレットを開き、ひとつの検索語を入力した。
検索ワード:野比 のび太
結果:記録なし
「ならば、記録しよう。
忘れられた名と、その結末を」
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《To Be Continued:第4章「統治外区への扉」へ》