8話 愛が重すぎるって!
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「よもやよもや……まさか昔、クラリス嬢に会っていたなんてな……」
俺――クロクと、家臣のミツナリは、馬車に揺られながら目的地へと向かっていた。
現在の目的地は、クラリス嬢の住む領地【ナンキュウ】。
ここは俺たちの住むユビヤにほど近い場所で、比較的友好な関係を築いている。
「昔、クロク様がまだ幼い頃――カイドウ家が各領地を巡った際、ヴェルディア家のナンキュウにも立ち寄られたのです。本当に覚えていないのですか?」
隣でミツナリが問いかけてきたが、俺は肩をすくめた。
「流石に覚えてないなぁ。ミツナリもまだ子どもだったのによくそんな前のこと覚えてるな」
「執事ですので」
真顔で答えるミツナリに、俺は心の中でツッコミを入れる。
いや、それ執事関係ないだろ。
『そろそろ到着しますよー』
御者の声が聞こえた頃には、馬車はすでにナンキュウの中心地【チンラ】に到着していた。
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ヴェルディア家の迎賓館。
到着して間もなく、俺たちは大きな門をくぐり、館の中へと通された。
「クロク様! 本日はお越しくださり、嬉しゅうございますわ!」
出迎えたクラリス嬢は、まるで光を浴びた花のようにニコニコと笑いながら、お茶を淹れてくれていた。
「あ、あぁ……お邪魔してます……」
俺は微妙な居心地の悪さを抱えつつ、そっとソファに腰掛けた。
――というか、なんだこの圧。
クラリス嬢の目が完全にハート型になっている。怖い。
「ミツナリから聞いたんだけどさ……俺とクラリス嬢、昔会ってたんだって?」
俺が恐る恐る尋ねると、クラリス嬢はぱぁっと顔を輝かせた。
「えぇ、えぇ、えぇ! 覚えていてくださったのですか!?」
「いや、正直……ほとんど覚えてない……」
正直に答えると、クラリス嬢は逆にうっとりした表情を浮かべた。
……え、なんで嬉しそうなの?
「ふふっ……大丈夫ですわ。たとえクロク様が忘れておられても、私は覚えておりますから!」
無敵か、この子。
俺の心の中の警戒ベルが盛大に鳴り響く。
「子どもの頃、私、クロク様に言われましたの」
クラリス嬢は目を細め、両手を胸の前でぎゅっと組みながら、陶酔したような声で語った。
「――『お前、大きくなったら俺のところに来いよ!』と……!!」
「ファッ!?」
変な声が出た。
いやいやいや、待て待て。
それ、ガチのプロポーズじゃねえか!!!
子どもの頃の俺、どんだけ無邪気に地雷を撒いてたんだよ!!!?
「ですので……私は、クロク様の元に来るために! これまで淑女としての嗜みを磨き続けたのですわ!」
「いやいやいやいや!! そんな真に受けなくていいだろ普通!!?」
俺の叫びにも、クラリス嬢は首を傾げ、可愛らしく微笑むだけだった。
その笑顔の裏に、妙な決意めいたものを感じた俺は、背筋が寒くなる。
「ですから、クロク様! ご安心くださいませ。
クロク様の命令とあらば、命を懸けてお支えいたしますし、もしクロク様に近づく不届き者がいれば、きっちり粛清いたします♪」
「ちょっと待ってクラリス嬢、怖い怖い怖い!!」
『粛清』って言葉をにっこり笑顔で言うな!!
しかも、目がマジだぞこの子!!!
(いやいや、こんな感じで悪役令嬢キャラを出さんでいいのよ……!!)
俺は心の中で盛大にツッコミながら、硬直するしかなかった。
―――――
――数分後。
「クロク様、お紅茶のおかわりをどうぞ!」
クラリス嬢はご機嫌で俺のカップに紅茶を注ぐ。
だが、注ぎ方が尋常じゃない。
めっちゃなみなみ。もう、今にも溢れそう!!!
「あ、あのクラリス嬢! もう十分だから!! あっ、ちょっ!!」
案の定、カップから紅茶が溢れ、テーブルに広がった。
慌てた使用人たちがタオルを持って駆け寄ってくる。
その様子を見ながら、クラリス嬢は手を頬に当て、うっとりと呟いた。
「……あぁ、クロク様のカップに、私の想いが溢れてしまいましたわ……!」
「いやうまいこと言ってる場合じゃないからな!!?」
本気でやばい。
この子、絶対天然じゃない。狙ってやってる!!
「ところで、クロク様。お屋敷の裏庭に小さな祠があるのです」
急に話題を変えられて、俺は警戒しながら聞き返す。
「裏庭……?」
クラリス嬢はふふふっと妖艶な笑みを浮かべた。
「そこに、私――“クロク様との永遠の契り”を願って、秘密の祈りを捧げたのです」
「ファーーーーーッッ!!?」
今度は変な声どころか、椅子から転げ落ちそうになった。
永遠の契りって、もう結婚式どころの騒ぎじゃないじゃん!!!
いやこれ、宗教だよ。
クラリス教、爆誕だよ!!!
「だから、安心していただいて大丈夫ですわ。私たちは、運命で結ばれておりますの」
満面の笑顔で俺を見つめるクラリス嬢。
その目は、もはや太陽並みにキラッキラしている。
――ちなみに俺は?
(…………詰んだ。)
完全に詰み。
逃げ道ゼロ。
愛という名の戦車で轢き殺される未来しか見えない。
「クロク様。ご安心を。どこまでも、どこまでも、私がお傍におりますから……」
囁くような甘い声に、背筋が冷たく凍りつく。
(ミツナリくん、助けて!!)
必死にミツナリに視線を送ったが――
(こんなにもお慕いしていただけるなんて……クロク様は果報者です)
なんか感動してた。
ダメだ、こいつ役に立たねぇ!!
――こうして俺は。
知らない間に、超重量級の婚約者(?)を手に入れてしまったのだった。