6話 恋愛童貞にナンパは無理だって!
煌びやかな照明の下、貴族たちが集まる晩餐会場は、すっかり気取った空気に包まれていた。
俺はと言えば、肩に合わない礼服を着せられて、壁際でやる気ゼロな顔をして立っていた。
(はぁ……マジでダルい……)
「クロク様。そんな表情をしていたら未来の奥様なんて見つからないですよ」
兄ちゃんから「未来の妻を探せ」と命じられたけど、俺にそんな気はさらさらない。
まだまだ俺は独身貴族を満喫したいのだ。俺が一応貴族なだけに。
つまり、さっさと兄ちゃん失望させて、「この役立たずが!! お前なんて感動だ!!」って言われてまた自由の身になりたいのだ。
「………! ミツナリくん、俺は良い事を思いつきました」
「そのような事を言うクロク様は大抵ロクでもない事を言うのですが?」
「いかにも『悪役令嬢!』って感じの子を選んでやろう。んで、兄ちゃんに「クロク、お前マジでそれかよ……」って絶望させる作戦だ!」
「………はぁ?」
ミツナリは呆気にとられていた。
「そうと決まったら悪役令嬢っぽい子を探してくるわ!」
「あ、ちょっと待ってください!」
止めるなミツナリ、俺は自由を手にする為に……悪役令嬢を見つけてみせる!
―――――
(……いた!!)
俺が狙うは高飛車そうで、プライド高そうで、意地悪そうで「パンが無いならお菓子を食べればいいじゃない」って言いそうな感じの子。
そして、会場の一角に、完璧な巻き髪、深紅のドレス、背筋ピンッ!な超高貴オーラを放つ少女がいた。
金の髪にルビーみたいな瞳。
完璧すぎて、逆に怖い。
(あれだ……! 絶対あれだろ……!!)
俺は心の中でガッツポーズを決めながら、彼女に近づいた。
「やあ、お嬢さん。……一人かい?」
……忘れていたが、俺は恋愛童貞だからとりあえずそれっぽい感じで話しかけてみた。
少女はすっと振り向き、俺を見上げた。
「ええ。ご挨拶がまだでしたわね。私、クラリス・ヴェルディアと申します」
優雅に裾を摘まんでお辞儀するその仕草は、まさに貴族のお手本みたいだった。
(くぅ~~、完璧だ……! この完璧感……間違いない!)
俺は内心ニヤニヤしながら、さらに話を続ける。
「俺、クロク・カイドウって言います。……ねえクラリス嬢、ちょっとこのあと一緒に話さない?」
「……はい。喜んで」
なんかあっさりとオーケーしてくれた。
こんなちゃらんぽらんな奴と話そうとするなんて裏があるに決まってるな!
―――――
「今日は少し冷えますわね」
人が多い為、とりあえず俺のお気に入りのテラスに案内した。
ここなら誰にも邪魔はされないな。
「おっと、これは失礼」
俺は羽織っていた上着をクラリス嬢にかけた。
「……お気遣いありがとうございます」
まぁ、悪役令嬢とはいえ寒くて風邪引かせちゃったら可哀想だしな。
「いやー、久しぶりに実家に帰ってきたけど。やはりこう言う場は苦手なんだよねー」
「あぁ、確かクロク様は三年ほど行方を眩ましていたとの噂がありましたが、本当なのですか?」
「本当だよ。放浪の旅に出てた」
「放浪の旅?」
「おう、自由になりたくて家出してたんだ。まぁ、最近拉致されたけど」
「あら、まぁ」
クラリス嬢はクスクスと笑っていた。
ん、あれ? 悪役令嬢ってこんな感じなのか?
「……クロク様は、自由を求めて旅に出られたのですね」
クラリスは、夜風にふわりと揺れる金髪を手で押さえながら、穏やかな顔で言った。
「まぁ、家のしがらみとか面倒でさ。自由っていいよな。縛られないって最高だろ?」
俺がそう語ると、クラリスは小さく頷いた。
「ええ。ですが――」
彼女はまっすぐに俺を見た。
「一人で生きるのは、時に、とても寂しいものですわ」
「……」
思わず、言葉が詰まった。
クラリスは優雅な所作を崩さず、でもどこか寂しげな微笑みを浮かべた。
「私は、ずっと家の期待を背負って生きてまいりました。でも、ただの飾りではなくて……本当に誰かの役に立ちたいと、ずっと思っていましたの」
(……役に立ちたい?)
悪役令嬢って、もっとこう、自己中で傲慢で、自分本位なもんじゃないのか?
それなのに目の前のクラリスは、
控えめで、でも芯があって、誰かのために尽くしたいなんて言っている。
(なんだこれ、イメージと違いすぎる……!)
俺が戸惑っていると、クラリスは恥ずかしそうに顔を伏せた。
「……ですから、クロク様」
「な、なに?」
「もしも……もしも、あなた様が一人でいることに疲れたなら」
そっと、上目遣いで俺を見る。
「その時は……私を、頼ってくださいませ」
(え、えぇぇぇぇぇぇぇ!?)
心臓が一瞬で跳ね上がった。
え、なにこの子、めちゃくちゃ健気なんだけど!?
俺は慌てて話題を変えた。
「と、ところでクラリス嬢って……その、やっぱり家柄的にも、結婚相手とかいろいろうるさいんじゃないの?」
「ええ、確かに。家同士の繋がりも重視されますもの」
当たり前のように頷くクラリス。
(そうだよな、やっぱり俺なんかとは……)
そう思った矢先、クラリスは静かに続けた。
「ですが、私は……政略のためではなく。ちゃんと、自分の意志で決めたいのです」
(………え、え、え?)
「私が、心から“この方”と決めた人に、全てを捧げたい――そう思っておりますの」
その澄んだ瞳に見つめられて、俺は完全に言葉を失った。
(……なんかイメージと違うけど、まぁ、いいか)
「……そっか。クラリス嬢って、意外と……すごく、いい人なんだな」
「ふふ。『意外と』……っていうのは、少し失礼ですわよ?」
クラリスは頬をふくらませて、可愛らしく拗ねた。
目的はあくまで「兄ちゃんを失望させる」ことだ。
思ってたのなんか違う人だったけど、この派手な見た目と高貴オーラ。
ザ・悪役令嬢みたいな見た目だったら、きっと兄ちゃんだってドン引きするに違いない。