5話 俺にはまだ早いって!
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馬車に揺られること数日。
道中、俺は何度も文句を言ったし、泣き叫んだりもした。
だが、馬車は止まることなく、無情にもユビヤ領を目指して進み続けた。
そしてついに、見覚えのありすぎる灰色の城門が視界に入ってきた。
白い霧の中に、ぼんやりと浮かぶ巨大な城壁。
どこか重苦しく、そして、やたらと懐かしい。
「……あー、着いちまった」
俺は心底げんなりした声で呟いた。
そんな俺の気も知らず、ミツナリはにこにこと晴れやかな顔をしている。
無理やり連れ帰るという役目を果たして、さぞ満足なのだろう。
馬車が城門の前で停まると、すぐに数人の兵士たちが駆け寄ってきた。
彼らは俺を見るなり、ぱたぱたと膝をつき、深々と頭を下げる。
『クロク様、お帰りなさいませ!』
『久しぶりのご帰還、心よりお慶び申し上げます!』
……やたらと大げさな歓迎ムード。
逃げ出してた身としては、めちゃくちゃ気まずい。
「うわああああ、帰ってきたくなかったあああ!!」
心の中で思いっきり叫びながら、俺は縄を解かれ、兵士たちに取り囲まれるようにして、城の中へと連行されていった。
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重たい扉が開かれ、広い謁見の間に通される。
白と金を基調とした内装は、昔とほとんど変わっていない。
天井は高く、窓から差し込む光が赤い絨毯を照らしている。
その一番奥。
高い壇上に置かれた玉座に、ひときわ堂々とした男が腰かけていた。
俺の兄――ユビヤ領主、《ハクト・カイドウ》。
兄貴は鋭い眼差しで俺を見下ろし、腕を組んでいる。
その圧に、俺は思わず背筋を伸ばしてしまった。
「クロク。よく帰ってきたな」
「……やあ、兄ちゃん。元気してた? 最近、親父殿から領主の座を継いだみたいで、よかったね」
ひとまず愛想笑いを浮かべながら挨拶する。
ちなみに、親父は今、東の首都で高官として働いているらしい。
もはやこの城を仕切っているのは、完全に兄貴だ。
俺の情けない挨拶を聞いた兄貴は、長く深いため息をついた。
「貴様、三年前に家を飛び出したきり、行方をくらまし……何をしていたかと思えば――」
ギリギリと拳を握りしめ、顔をしかめる。
「その辺をほっつき歩いて領地の民を救い、挙げ句の果てには黒竜を倒していた。……お前は、一体何の目的があってそんなことをしていた?」
怒鳴り声ではない。
静かに、だが確実に怒りを含んだ低い声。
これがまた、めちゃくちゃ怖い。
「だってさあ、自由に生きたかったんだもん……」
しどろもどろに答えると、兄貴は一層眉をひそめた。
「自由に生きる? はっ、貴様には領主家の血が流れているのだぞ」
バンッ、と玉座の肘掛けを叩く音が謁見の間に響いた。
「領地を治める者としての自覚を持て! ……いいか、クロク。お前はもう十八だ。いつまでも子供のように好き勝手していていい年齢ではない」
領主家の血、責任、自覚――耳が痛い言葉ばかり並べられる。
だが、言われてしまえば、返す言葉がない。
「そろそろきちんと身を固めてもらう」
身を固める?
いやな予感しかしない。
「え、それってもしかして……」
「察しが早くて助かる。そうだ、結婚だ」
バッサリと断言された。
俺は耳を疑った。
「ちょ、待って待って待って!? いきなり結婚とか、心の準備が……!」
「問答無用だ」
兄貴は冷たく言い切った。
「貴様のような放浪癖のある弟を、いつまでも野放しにはできん。貴様が家を飛び出している間にも、領主家にはさまざまな話が持ち込まれたのだ」
兄貴の言葉に、心のどこかでうすうす感じていた現実を突きつけられた気がした。
「理不尽すぎるぅ……!」
俺はがっくりと肩を落とした。
自由を求めて旅に出た結果がこれかよ。
自由って、そんなに悪いことなのかよ。
心の中でぶつぶつと文句を言っていると、兄貴が続けた。
「安心しろ。相手については、ちゃんと選ばせてやる」
「えっ、本当?」
「あぁ。近いうちに、近隣の領主たちとの晩餐会が開かれる。そこに出席して、未来の妻を探してこい」
……あれ? なんか言い方おかしくない?
「いやいや、それって晩餐会に来た貴族の淑女たちをナンパしろってことだよね?」
思わずツッコミを入れると、兄貴は「ふっ」と鼻を鳴らした。
「気に入った相手がいなければ、こちらで決めるだけだ」
つまり、見つけられなかったら強制結婚ルート確定ってことだ。
逃げ道なんて、最初からないじゃないか。
ちらりと隣を見ると、ミツナリが遠慮なくくすくす笑っている。
こいつ、絶対楽しんでるだろ……!
こうして俺は――
自由気ままな放浪生活に、静かに別れを告げたのだった。