4話 連れて帰らないでぇぇ!!
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「お目覚めですか?」
黒竜を倒した後、流石に疲れ切って意識が飛んだ俺。
目が覚めると、まず目に飛び込んできたのは見覚えのある優男の顔だった。
「………なんでミツナリくんが目の前にいるのですか?」
寝ぼけた頭で呟くと、彼はにっこりと微笑んだ。
「それは、貴方をお迎えに参ったからですよ」
まるで普通の会話のように軽く言うこいつの名前は、ミツナリ・グンジ。
俺の幼馴染み兼家臣兼、そしてなにより――超絶お目付役だ。
頭がまだふらつく中、ふと周囲に目を向けると、村の村長さんまで立っていた。
満面の笑みを浮かべている。
「いやいやー、驚きましたよ。まさかクロさんが、あのユビヤの領主様の息子さんだったとは」
村長さんは、感心したように何度もうなずきながら言った。
俺は顔をしかめた。
「まさか村長……俺を売ったのか?」
「そんなことはないですよ!」
即座に否定される。
「黒竜が現れたとの報告を受け、急いでエイ村に向かったところ、すでに黒竜は討伐されており……更に、三年も行方をくらましていたクロク様がおられるとは、誰も思っていなかっただけです」
ミツナリは肩をすくめ、どこか楽しそうに言った。
……くっ。
流石は兄ちゃんが統治している場所だ。
情報伝達も、治安維持も、無駄に優秀すぎる。
でもまあ、それはそれとして。
「それじゃあ、クロク様。そろそろ帰りましょうか」
にこやかに、ミツナリが手を差し出してきた。
俺はその手をじっと見つめて――全力で後ずさった。
「いや、断固拒否だ!! 俺の冒険はまだまだ始まったばかりだッ!!」
「その冒険は、たった今打ち切りとなりました」
ミツナリは笑顔のまま、腰の装備を弄った。
「後、これはご実家からの”直々の命令”ですので? 逃げられるわけがないですよ」
そう言うと、こいつは腰に下げた縄をチラつかせて見せた。
俺は即座に警戒態勢に入る。
「おい待て、それは何のために持ってきた!? 絶対おかしいだろ!!」
「万が一、クロク様が”駄々をこねた場合”に備えてですよ」
にこにこと言いながら、ミツナリは器用に縄を指の間で弄んでいる。
「いやいやいや!! 俺そんなガキじゃないからな!! ちゃんと理性ある大人だからな!!」
必死に訴えるが、ミツナリは涼しい顔だ。
「……そうですか」
ぽつりと呟くと、彼はふわりと一歩近づいてきた。
次の瞬間。
「うわっ、ちょっ、やめ――!」
俺は一瞬で捕まり、縄でぐるぐる巻きにされた。
……速い。
こいつ、やたらと手際が良すぎる。
「ご安心ください、クロク様。縛り方にはちゃんと配慮しました。痛くないようにしておりますので」
「そんな配慮いらねえぇぇぇぇ!!」
俺が叫ぶ横で、なぜか村人たちがにこにこと手を振っている。
『クロさん、元気でな!』
『また遊びに来いよ!』
「お、お前ら……裏切ったな……!」
涙目になりながら叫んだが、みんな温かい顔をして手を振っていた。
ちくしょう、ほんとに裏切りやがった……!
無念の想いを胸に、俺は馬車に積み込まれる。
ぎしぎしと軋む音を立てながら馬車は出発し、エイ村の景色はみるみる小さくなっていった。
遠ざかる、懐かしくも居心地の良かった村。
どこまでも晴れ渡った、雲ひとつない青空。
その中で、俺はただ一言、魂の叫びを上げた。
「俺はまだまだ放浪してたいんだぁぁぁッ!!!」
だがその叫びも、村の賑やかな声にかき消され、誰に届くこともなかった。
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こうして俺は、渋々ながらも――いや、超絶不本意ながらも、ユビヤへと連れ戻されるのであった。
それが、この先待ち受けるめんどくさい未来の始まりだとは、この時の俺には知る由もなかったのである。
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