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第5話:市場と水路は大騒ぎ!

「はぁっ、はぁっ…! き、キリ、待ってってば!」


アシュバルの入り組んだ裏通りを、私は必死で走っていた。前を行くキリの背中は、まるで風のように軽やかで、あっという間に距離が開いてしまう。この子はなんでこんなに足が速いのよ! しかも、こんな迷路みたいな場所を、どうして迷わずに進めるわけ!?


(まさか、普段から衛兵に追いかけられるのに慣れてるとか…? あり得る…!)


背後からは、複数の足音が迫ってくる。あの黒いローブの集団だ。彼らも、こんな狭くて汚い裏通りを走るのには慣れていないのか、時折「くそっ!」「どけ!」といった悪態をつく声が聞こえてくる。でも、確実に私たちを追ってきている。捕まったらどうなるか分からない。あの禍々しい雰囲気からして、ただ「印章」を取り上げられるだけでは済まない気がする。


「こっちだ、リシュナ!」


キリの声に導かれ、角を曲がる。そこは、少し開けた場所に出ていた。見慣れた景色。アシュバルで一番賑やかな場所、大市場だ!

色とりどりの天幕が並び、スパイスの良い香り、焼きたてのパンの匂い、そして、たくさんの人々の活気ある声が満ちている。普段なら、この喧騒の中にいるだけでワクワクするけれど、今はそれどころじゃない!


「ちょっ、キリ! 市場なんて目立つところに入ったら…!」

「大丈夫だって! 人が多い方が紛れやすいだろ?」


キリはそう言うと、人混みをかき分けるようにして市場の中へと突き進んでいく。私も慌てて後を追うが、いきなり人混みの中に飛び込んだせいで、あちこちでぶつかってしまう。


「きゃっ!」「おい、どこ見て歩いてんだ!」「ちょっと、押さないでよ!」


市場の人々からの怒声や悲鳴が上がる。ごめんなさい、ごめんなさい! 心の中で謝りながら、必死でキリの後を追う。

すると、キリがとんでもないことをしでかした。


「うおっと!」


果物屋の店先に山と積まれた、艶やかなデーツ(ナツメヤシの実)の山に、キリがわざとぶつかったのだ! ガラガラガラッ! という音と共に、大量のデーツが地面に散らばる。


「こらーっ! 何しやがるんだ、このガキーッ!」


果物屋の恰幅のいいおじさんの怒鳴り声が響き渡る。しかし、キリは「わりぃ!」と一言叫ぶと、さらに人混みの奥へと逃げていく。散らばったデーツを踏みつけて転びそうになる追っ手たちの姿が、一瞬だけ見えた。


(あ、あんのバカ! なんてことするのよ!)


私も慌ててデーツの散らばる場所を避けようとしたが、運悪く足元のデーツを踏んづけてしまい、ツルッ!と派手に滑って転びそうになる。

「ひゃっ!」

なんとか体勢を立て直したが、心臓はバクバクだ。


(もう、この子についていったら、命がいくつあっても足りない…!)


だが、立ち止まっている暇はない。追っ手はすぐに体勢を立て直し、再び私たちを追いかけてくる。キリはさらに、織物屋の店先に広げられていた色鮮やかな布にわざと突っ込み、追っ手の視界を遮ったり、香辛料屋の壺を蹴飛ばして、くしゃみを誘発させたりと、やりたい放題だ。市場は大混乱に陥っている。


「あいつら、絶対わざとやってるぞ!」

「捕まえて、神殿に突き出してやる!」


市場の人々の怒りは、完全に私たち(主にキリ)に向けられていた。まずい。このままでは、追っ手に捕まる前に、市場の人々に捕まってしまうかもしれない。


「キリ! もうやめて! こっち!」


私は機転を利かせ、市場の脇道、ブルラヌ川へと続く水路の方へとキリの手を引いた。アシュバルの街には、運河のような水路が張り巡らされており、小舟が行き交っているのだ。


「おお、ナイスだリシュナ!」


キリもすぐに私の意図を理解したようだ。二人で水路へと続く石段を駆け下りる。水路の水は決して綺麗とは言えないけれど、今はそんなことを言っていられない。


「飛び込むぞ!」

「ええっ!?」


キリは躊躇なく、濁った水の中へとザブン!と飛び込んだ。水しぶきが上がり、周囲を歩いていた人々が驚きの声を上げる。


(もう、こうなったらヤケだわ!)


私も意を決して、鼻をつまみ、水路へと飛び込んだ! 冷たくて、生臭い水が全身を包む。服が水を吸って重くなり、動きにくい。でも、これで少しは追っ手の目をくらませるはずだ。


「ぷはっ!」


水面に顔を出すと、キリがすぐ隣で笑っていた。

「なかなかやるじゃん、リシュナ!」

「うるさい! あんたのせいでしょ!」


私たちは水路の中をバシャバシャと泳ぎ(というか、歩き)、近くにあった小舟の陰に身を隠した。追っ手たちは、水路の縁で立ち止まり、忌々しそうに水面を睨んでいる。さすがに、こんな汚い水の中に飛び込むのは躊躇しているようだ。


「…行ったかな?」

しばらくして、追っ手たちが諦めて立ち去っていくのを確認すると、私たちはそっと小舟の陰から顔を出した。なんとか、撒くことができたらしい。


「はぁ…はぁ…疲れた…」

私は水路の壁にもたれかかり、荒い息をついた。全身ずぶ濡れで、泥と、なんだかよく分からないヌルヌルしたものが服についている。髪もぐちゃぐちゃだ。鏡を見なくても、自分が今、とんでもなくみすぼらしい格好をしているのが分かる。


(私の書記官見習いとしての清楚なイメージが…完全に崩壊した…)


「へへっ、スリル満点だったな!」

隣でキリが、まだ興奮冷めやらぬといった様子で笑っている。その能天気さに、私はもう怒る気力も失せていた。


「…これからどうするのよ。神殿には、こんな格好じゃ戻れないし…」

私がため息混じりに言うと、キリは「んー、そうだなー」と少し考えてから、ポンと手を叩いた。


「そうだ! シドゥリのおばちゃんとこに行こうぜ!」


シドゥリさん? ああ、市場の近くで酒場をやっている、あの恰幅のいい女主人か。確かに、彼女なら、私たちの事情を(呆れながらも)聞いてくれるかもしれない。それに、あそこなら、何か情報を得られる可能性もある。


私たちは、人目を避けながら水路を抜け、シドゥリさんの酒場へと向かうことにした。ずぶ濡れの二人組が裏通りをこそこそと歩く姿は、かなり怪しかったに違いない。


なんとか追っ手を撒いたけど、私たちはこれからどうなっちゃうの? そして、シドゥリさんの酒場で、何か手がかりは見つかるんだろうか?

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