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第4話:陽の光と招かれざる影

「……どうしよう」


壁画の前で立ち尽くしたまま、私は呆然と呟いた。手の中の(いや、正確には隣の少年の手の中の)黒曜石の破片が、ただのガラクタや宝の地図ではなく、アシュバルを滅ぼしかねない古代兵器「ギルス」を起動させるための鍵の一部かもしれない。そんな恐ろしい可能性に気づいてしまったのだ。


(最悪だ…最悪すぎる…! なんで私がこんなことに巻き込まれなきゃいけないのよ!)


心の中で絶叫する。もう、キリをぶん殴ってでもこの破片を取り上げて、神殿の奥深くに封印してしまいたい。いや、いっそブルラヌ川の底にでも沈めてしまった方がいいのかもしれない。でも、そんなことをしても、他の「印章」がどこかにある限り、意味がないのかもしれないし…。それに、こんな物騒なものを手放したところで、すでに私たちはこれに関わってしまったのだ。


「なあリシュナ、顔、真っ青だぞ? 大丈夫か?」

隣でキリが、心配そうに私の顔を覗き込んできた。さっきまで呑気に「おとぎ話だろ!」なんて言っていたくせに。


「大丈夫なわけないでしょ! あんたが拾ってきたこれのせいで、とんでもないことになってるかもしれないんだよ!?」

私は思わずキリに掴みかからんばかりの勢いで叫んだ。

「アシュバルが滅びるかもしれないんだよ!? あんたのせいで!」


「ええー? 大げさだなぁ。まだギルスが目覚めたわけじゃないだろ?」

キリは私の剣幕にも怯むことなく、けろりと言い放った。

「それに、もし本当にやばい物なら、俺たちが持ってちゃダメだろ。早くここから出て、ちゃんとした人に…そうだ、イムトゥムみたいな偉い人に渡さないと!」


(…え?)


私はキリの意外な言葉に、一瞬、思考が停止した。この子、もしかして、ちゃんと状況を理解してる…? いつもみたいに「面白いから」とか「宝物だから」とかじゃなくて?


「とにかく、こんな暗いところにずっといても仕方ないだろ? 出口を探そうぜ!」

キリはそう言うと、私の手を再び掴み、今度はさっきまでとは違う、少ししっかりとした足取りで通路の先へと歩き始めた。その背中が、ほんの少しだけ、いつもより頼もしく見えた…ような気がした。ほんの少しだけ、ね。


私たちは黙々と、暗く湿った通路を進んだ。壁画はもう見当たらず、ただただ石壁が続くだけだ。道は相変わらず緩やかな下り坂で、時折、どこからか水の滴る音が聞こえてくる。この通路はいったいどこまで続いているんだろう。本当に地上に出られるんだろうか。不安は尽きないけれど、今はキリを信じてついていくしかなかった。


しばらく歩いた、その時だった。

「…ん? あれ、見てみろよリシュナ!」

キリが足を止め、通路のずっと先を指差した。その指の先、暗闇の向こうに、微かな、本当に微かな光が見えるような気がした。


「光…?」

「出口だ! きっとそうだ!」


希望が見えた瞬間、私たちは同時に駆け出した。疲労も恐怖も一瞬忘れ、ただただ、あの小さな光を目指して。近づくにつれて、光はだんだん大きくなり、そして、外の空気の匂いが混じってくるのが分かった。埃っぽい、乾いた砂と、家々の煙突から立ち上る煙の匂い、そして、微かに漂うスパイスの香り。それは間違いなく、アシュバルの街の匂いだ!


「やった! 出口だ!」


最後の角を曲がると、そこには石段があり、その上には長方形に切り取られた明るい外の世界が広がっていた。私たちは勢いよく石段を駆け上がり、ついに地上へと飛び出した!


「うわっ、眩しっ!」

久しぶりに浴びる太陽の光に、思わず目を細める。目の前に広がっていたのは、アシュバルの雑然とした裏通りだった。埃っぽい地面、積み上げられた荷物、壁に描かれた落書き。決して綺麗な場所ではないけれど、あの薄暗い地下通路に比べれば、ここは天国のように感じられた。


「はぁ〜〜〜、助かったぁ……」

私はその場にへたり込み、大きく息をついた。生きて地上に戻れた。それだけで、涙が出そうなくらい嬉しかった。もう二度と、あんな場所には行きたくない。


「な? なんとかなっただろ?」

キリが、私の隣で得意げに笑っている。まあ、今回ばかりは、キリの言う通りになったのかもしれない。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、感謝してもいいかも…なんて思った、その時だった。


「――見つけたぞ」


低く、冷たい声が、すぐ近くから聞こえた。

はっとして顔を上げると、いつの間にか、私たちの目の前に、数人の人影が立っていた。全員が、顔が隠れるほど深いフードのついた、黒いローブを身にまとっている。その雰囲気は、明らかにカタギではない。じっとりとした、悪意に満ちた視線が、フードの奥から私たちに向けられているのを感じた。


(な、誰…!?)


私の心臓が、再び嫌な音を立てて跳ね上がる。さっきまでの安堵感は一瞬で吹き飛び、全身が冷たい汗で濡れていくのを感じた。

ローブの集団の中の一人が、一歩前に進み出た。その手には、歪んだ形の杖が握られている。


「小僧。その懐に隠している『印章』を渡してもらおうか」


その言葉に、私は息を呑んだ。

『印章』――彼らは、キリが持っている黒曜石の破片のことを知っている! そして、それを狙っている!


(やっぱり、ただの偶然じゃなかったんだ! この人たちも、あの破片を…ギルスを狙ってるんだ!)


キリは、ローブの男たちを睨みつけると、私を庇うように一歩前に出た。そして、懐の破片をぎゅっと握りしめる。

「やなこった! これは俺が見つけた宝物だ!」

(だから宝物じゃないって言ってるのに!)心の中でツッコミを入れる余裕も、今はなかった。


ローブの男は、キリの返答に、フン、と鼻を鳴らした。

「宝だと? 愚かなガキめ。それがどれほど危険な代物か、分かっておらぬようだな。まあ良い。このウルマが力ずくで奪うまでだ」


男が杖を振り上げた瞬間、キリが叫んだ。

「リシュナ、逃げるぞ!」


そして、私の返事も待たずに、キリは再び駆け出した。今度は、さっきまでの地下通路とは違う。ここはアシュバルの裏通り。狭く入り組んだ路地が、迷路のように続いている。


「ちょっ、待ってよキリ!」


私も慌てて後を追う。背後からは、ローブの男たちの追いかけてくる足音と、怒声が聞こえてくる。

始まった。またしても、逃走劇だ。しかも今度は、地下通路の時よりもずっと、危険な相手かもしれない。


(だから言ったのに! あの破片なんて拾ってくるから! 私の平穏な日常、返してよぉ!)


心の中で涙ながらに絶叫しながら、私はただ必死に、キリの小さな背中を追って、アシュバルの迷宮のような裏通りを駆け抜けるしかなかった。


そして…

始まった命懸け(かもしれない)の逃走劇! 私たち、この怪しいローブの集団から、無事に逃げ切れるの!?

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