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第2話:光る破片と開かずの扉

目の前で明滅する、淡い紫色の光。それはまるで、キリが掴んでいる黒曜石の破片が生きているかのように、ゆっくりと、しかし確実に脈打っていた。書庫の薄暗がりの中で、その光だけが妙に生々しい。


「うわっ!?」

「な、なんだこれ! 光ってるぞ!」


私とキリの声が、静かだった(いや、さっきまで神官長の声が響いていたか)書庫に重なった。私は思わず一歩後ずさる。心臓が早鐘のように打っているのが分かる。なんだか分からないけど、これは絶対に普通の現象じゃない。


(な、なによこれ…さっきまでただの石ころだったじゃない! キリ、あんた一体どこからこんな物騒なものを…!)


背筋がぞわりと冷たくなる。古代の呪い? それとも、何かの魔法? 神殿には不思議な話がたくさん伝わっているけれど、実際にこんな怪奇現象に遭遇したのは初めてだった。隣を見ると、キリもさすがに驚いているようで、目をまん丸にして破片を見つめている。だけど、その瞳の奥には、恐怖よりも好奇心の色が濃く浮かんでいるように見えた。この子、やっぱり普通じゃない。


「ほ、ほらな! やっぱりただのガラクタじゃなかっただろ!」


ややあって、キリが上ずった声で言った。さっきまでの陽気さは消え、わずかに興奮した様子で胸を張る。うん、ガラクタじゃないのは分かった。分かったけど、だからって喜んでる場合じゃないと思うんだけど!


「ガラクタじゃないのは分かったけど…これ、絶対ヤバいやつでしょ! 見てよ、この禍々しい光!」

私は小声でキリに詰め寄った。できれば今すぐこの破片をどこか遠くに放り投げて、何も見なかったことにしたいくらいだ。


(そうだ、神官長! イムトゥム様なら何か知ってるかも!)

私は慌てて周囲を見回した。さっきまでいたはずの、あのトキ頭の上司はどこに? しかし、書庫の中には、唖然として立ち尽くす私と、光る石を握りしめてそわそわしているキリの二人しかいなかった。


(…もしかして、あの光を見た瞬間に、文字通り"飛んで"逃げたとか? いやいや、まさかね…でも、あの神官長ならやりかねないかも…)

頼れる(?)大人がいない状況に、私の不安はさらに増していく。


その、まさに時だった。


ゴゴゴゴ……ン。


書庫の奥、一番隅の、普段は誰も近づかない埃っぽい壁際から、何かが軋むような、重い石が擦れるような、不気味な音が響き渡ったのだ。


「ひゃっ!?」

「なんだなんだ!?」


私とキリは、同時に音のした方へ顔を向けた。

そこにあるのは、壁と一体化したように見える、古びた巨大な石の扉。模様も取っ手もなく、ただの壁の一部にしか見えないけれど、古文書には「開かずの扉」として記されている場所だ。言い伝えでは、神殿が建てられる遥か昔、古代の王が何かを封じ込めたとか、いないとか。少なくとも、私がこの書庫で働き始めてから、この扉が開いたことは一度もなかった。


その、「開かずの扉」が、今、ゆっくりと、本当にゆっくりと、内側に向かって開いていこうとしている!


キィィィ……。


まるで何百年、いや、何千年も眠っていた巨人が目を覚ますかのように、重々しい音を立てて、扉にわずかな隙間が生まれる。その隙間から、書庫の空気とは明らかに違う、ひんやりとした、そしてカビ臭い空気が流れ出してきた。闇。どこまでも深い、底なしの闇が、扉の向こうに口を開けている。


「…うわぁ」


キリが、ぽかんとした顔で声を漏らした。彼の視線は、手の中の光る破片と、ゆっくりと開いていく石の扉の間を行ったり来たりしている。

私も同じだった。この二つの異常な現象が、無関係のはずがない。


(まさか…この破片が、この扉を開けるための鍵だったってこと…? キリが言ってた『印章』って、もしかしてこういう意味…?)


古代の魔法? それとも、忘れられた仕掛け? 私の乏しい知識では到底理解できない何かが、今、目の前で起こっている。恐怖と、ほんの少しの好奇心が、私の心の中でせめぎ合っていた。


だが、私の隣にいる少年は、違った。


「やったー! やっぱり宝の扉だ! きっと、中にすっげーお宝が山ほど眠ってるんだぞ!」


キリは突然、興奮した声を上げ、瞳を子供のようにキラキラと輝かせた。恐怖心なんて、どこかに吹き飛んでしまったらしい。いや、元々持ち合わせていないのかもしれない。そして、彼の行動は常に私の理解を超える。


「ほら、行くぞリシュナ! 遅れるなよ、宝探しだ!」

「え? えっ!? いやいやいや、ちょっと待ってってば! 何が出てくるか分からないんだよ!?」


有無を言わさず、キリは光る破片をさっと懐にしまい込むと、再び私の手首を強く掴んだ。今度はさっきよりも力が強い。完全に、行く気満々だ!


「仕事中だって言ってるでしょ! それに、開かずの扉だよ!? 古代の呪いとか、凶暴な魔物とかが絶対いるって! 古文書にもそう書いてあったもん!」

私は必死で抵抗し、その場に踏みとどまろうとする。足がすくんで動かない、というのもあるけれど。


「大丈夫だって! 魔物が出たら俺がやっつけてやるし、呪いだったらリシュナが解けばいいだろ?」

キリは、信じられないくらい楽観的なことを言い放った。


(私が解けるわけないでしょ! ただの書記官見習いだってのに!)


「面白そうなこと、見逃すわけにはいかないだろ!」

キリはニッと笑うと、私の抵抗も虚しく、開いた扉の向こうの暗闇へと、ぐいぐい私を引きずり始めた。


「いやあああああ! 私の平穏な(はずだった)午後がぁー! 誰か助けてえええ!」


私の情けない絶叫は、書庫の壁に虚しく響き、そして、扉の向こうの未知なる闇へと吸い込まれていった。

背後では、私たちが完全に中に入ったのを見届けたかのように、重々しい音を立てて、石の扉が再びゆっくりと閉まり始めていた。


そして…

完全に閉ざされた石の扉。ひんやりとした空気。鼻をつくカビの匂い。そして、目の前に広がる、一寸先も見えないほどの、深い、深い暗闇。ここはいったい、どこに繋がっているの…? 私の運命やいかに!?

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