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第11話:動く石像と二つ目の光

「…もう、やだ…帰りたい…こんなの、死んじゃうよ…」


床にへたり込んだまま、私は子供のように声を上げて泣いていた。さっきの落石の恐怖が、まだ全身にこびりついている。落とし穴、毒矢、そして今度は巨大な岩。この塔は、明らかに私たちを殺そうとしている。印章なんてどうでもいい。もう、一刻も早くここから逃げ出したかった。


「…おい、リシュナ。いつまで泣いてんだよ」


隣で、少し呆れたようなキリの声がした。見上げると、キリは腕を組んで私を見下ろしていた。その表情は、いつものお調子者の顔ではなく、どこか真剣で、少しだけ困ったような色を浮かべている。


「だって…怖いんだもん! 死にたくない!」

私は涙声で訴える。

「死なねーよ。俺がついてるって言っただろ?」

キリはぶっきらぼうに言うと、私に向かって手を差し伸べた。「ほら、立てよ。こんなところでへたってたら、本当に危ないぞ」


その手は、小さくて、砂と埃で少し汚れていたけれど、なぜかとても力強く感じられた。私はためらいながらも、キリの手を取って立ち上がった。まだ足は少し震えているけれど、さっきよりはいくらかましになった気がする。


「…ごめん」

「別に。…それより、さっきの扉、もう一回見てみようぜ。罠があったってことは、あれが正しい道だってことだろ?」

キリは気持ちを切り替えるように言うと、再びあの石の扉へと向き直った。私も、深呼吸をして、なんとか恐怖心を押し込める。ここで諦めたら、本当にゲシュティ派の思う壺だ。


私たちは、さっきよりもずっと慎重に、扉の周りを調べ始めた。壁の模様、床の石畳、天井の構造…。どこかに、本当の仕掛けがあるはずだ。

リシュナは書記官見習いとしての知識を活かそうと、壁に刻まれた古代文字や模様に注目した。

「ねえ、キリ、この模様…なんか、星の配置みたいに見えない?」

壁の一部には、点と線で結ばれた、複雑な幾何学模様が描かれていた。


「星? んー、そう言われれば、そうかもな。カザリムの伝承の図に、ちょっと似てるような…」

キリも興味深そうに模様を眺める。

「もしかしたら、この模様の特定の点を、正しい順番で押すとか…?」

私は古文書で読んだ古代の仕掛けの知識を思い出しながら、仮説を立ててみる。


「なるほどな! よし、試してみようぜ!」

キリは早速、模様の点を指で押し始めた。しかし、どの点を押しても、何の反応もない。

「うーん、ダメか…順番があるのかな?」


私たちは頭を悩ませながら、様々な組み合わせを試してみた。しかし、扉はびくともしない。時間だけが、無情に過ぎていく。


(やっぱり、私たちじゃ無理なのかな…)

諦めかけた、その時だった。

「あ!」

キリが突然、声を上げた。

「どうしたの?」

「この模様、さっきリシュナが言ってた『星の配置』だけどさ、これ、満月の時の配置じゃないか?」

キリは興奮気味に言う。「今夜は満月だろ? ってことは…」


キリはそういうと、壁の模様ではなく、天井を見上げた。塔の天井には、いくつかの小さな穴が開いており、そこから満月の光が差し込んでいる。そして、その光が、床の特定の場所に、点々とスポットライトのように落ちていたのだ!


「もしかして、押すのは壁じゃなくて、この光が当たってる床の石なんじゃ…!?」

「あっ! そうかも!」


私たちは顔を見合わせ、急いで光が当たっている床の石を探した。それは全部で五つあった。

「よし、俺が星の動きの順番で踏んでみる!」

キリはそういうと、記憶していた星の動きを思い出しながら、特定の順番で床の石を踏み始めた。一つ、二つ、三つ…そして、五つ目の石を踏んだ瞬間!


ゴゴゴゴゴ……。


今度こそ、本物の地響きと共に、目の前の石の扉がゆっくりと横にスライドし始めたのだ!


「やったー! 開いたぞ、リシュナ!」

キリは飛び上がって喜んだ。私も、思わず安堵の声を漏らす。ついに、先に進める!


扉の向こうには、広い円形の広間が広がっていた。中央には何もなく、壁際に沿って、等間隔に十体ほどの巨大な石像が立ち並んでいる。どれも屈強な戦士のような姿をしており、槍や斧を手にしている。その石像たちは、まるで広間を守る番人のように、じっとこちらを見据えている…ように見えた。


「…なんか、嫌な予感がするんだけど」

私は呟いた。この広間、明らかに普通じゃない。あの石像たち、もしかして…。


「大丈夫だって! ただの石像だろ?」

キリは楽観的に言うと、ためらうことなく広間の中へと足を踏み入れた。私も恐る恐る、その後ろについていく。


広間の中央まで来た、その時だった。

ガコンッ!

背後で、さっき開いたばかりの石の扉が、突然、勢いよく閉まる音がした!


「えっ!?」


驚いて振り返るが、扉は完全に閉ざされ、開く気配はない。閉じ込められたのだ!

そして、それと同時に、広間の壁際に立ち並んでいた石像たちの目が、一斉に、カッ!と赤い光を放ったのだ!


ゴゴゴゴゴ…!


地響きと共に、石像たちが動き始めた! 硬い石の関節を軋ませながら、手に持った武器を構え、ゆっくりと、しかし確実に、私たちの方へと歩み寄ってくる!


「うわあああああっ! やっぱり動いたー!」

私は絶叫した。嫌な予感は的中した。ただの石像なんかじゃなかったのだ! 古代の魔法か何かで動く、恐ろしい番兵だったのだ!


「や、やべえ! 数が多すぎる!」

さすがのキリも、これには顔面蒼白だ。十体の巨大な石像に囲まれて、逃げ場はない。


石像の一体が、巨大な石斧を振り上げた!

「きゃあああっ!」

私は思わず目を閉じた。もうダメだ!


しかし、衝撃は来なかった。恐る恐る目を開けると、キリが私の前に立ちはだかり、懐から取り出した小さな笛を吹いていた。ピィーッ!と甲高い音が響くと、石像の動きが一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、鈍ったのだ!


「こいつら、音に弱いみたいだ! リシュナ、何か大きな音を出せるものはないか!?」

キリが叫ぶ。

「お、大きな音…? えっ、ええっと…」

私はパニックになりながら、何か使えるものはないかと周囲を見回す。しかし、この広間には何もない。…いや、待てよ?


壁には、さっきの通路と同じような、星の模様が刻まれている。そして、天井からは満月の光が…。

「キリ! あの壁の模様! さっきと同じ仕掛けかもしれない! あれを止めれば、石像も止まるんじゃ…!?」


私の言葉に、キリはハッとした顔をした。

「なるほど! よし、リシュナはあの模様を調べてくれ! 俺がこいつらの注意を引きつけて時間を稼ぐ!」

キリはそういうと、再び笛を吹きながら、石像たちの間をすり抜けるように駆け回り始めた。その身軽さは、まるで猿のようだ。

「おーい、こっちだぞ、のろまたちー!」

キリの挑発に、石像たちは動きを鈍らせながらも、キリを追いかけ始める。


私はその隙に、壁に描かれた星の模様へと駆け寄った。さっきと同じように、天井からの月の光が床の特定の石を照らしている。でも、今度はそのパターンが違う!


(落ち着いて…落ち着いて思い出すのよ、古文書にあった停止の呪文…いや、呪文じゃなくて、仕掛けの解除法…!)


私は必死で記憶を探り、書庫で読んだ古代の仕掛けに関する記述を思い起こそうとした。

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