表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/15

第10話:忘れられた塔と仕掛けの数々

月明かりの下、黒々とそびえ立つ「忘れられた監視者の塔」。その威容(というよりは、不気味さ)を前に、私たちはしばし言葉を失っていた。何百年、いや、もしかしたら千年以上の時を経て、今もなお砂漠の中に立ち続ける古代の建造物。そこには、明らかに尋常ではない空気が漂っていた。


「…行くぞ、リシュナ」


先に沈黙を破ったのはキリだった。いつものお調子者の顔は消え、その瞳には真剣な光が宿っている。これから足を踏み入れる場所が、ただの古い塔ではないことを、彼も本能的に感じ取っているのかもしれない。


私たちは砂丘を駆け下り、塔の麓へと近づいた。近くで見ると、塔の壁は想像以上に風化が進んでおり、あちこちにひびが入り、石の一部が崩れ落ちている。入り口らしき場所は、アーチ状になっているが、扉はなく、ただぽっかりと暗い口を開けていた。まるで、訪れる者を拒むかのように。


「…ねえ、キリ。本当にここに入るの? なんか、すごく嫌な感じがするんだけど…」

私は思わずキリの服の袖を掴んでいた。塔の中から、冷たい風が吹き出してくるような気がする。気のせいかもしれないけれど、誰かに見られているような視線も感じる。


「大丈夫だって。俺がついてる」

キリは私の手をそっと払い、自信ありげに(あるいは、そう見せようとしているのか)言った。「それに、ゲシュティ派の連中より先に印章を見つけないと、もっとヤバいことになるんだろ?」


(うっ…それはそうだけど…)


キリの言葉に反論できず、私は意を決して、彼の後に続いた。一歩、塔の中に足を踏み入れると、ひんやりとした空気が全身を包んだ。外の砂漠の空気とは明らかに違う、重く、埃っぽい、そしてどこか死の匂いがするような空気だ。


塔の内部は、予想通り真っ暗だった。壁際には螺旋階段のようなものが見えるが、それも途中で崩落しているのか、上層階へ続いているかは分からない。床には砂が積もり、瓦礫が散乱している。


「光源がないと、何も見えないわね…」

私が呟くと、キリは「任せろ!」と言って、懐から小さな袋を取り出した。中に入っていたのは、奇妙な光沢を持つ小さな甲虫だった。キリがその甲虫の背中を指で軽く撫でると、柔らかく緑がかった光を放ち始めたのだ!


「な、何これ!?」

「こいつは『月光虫』。砂漠に棲んでる光る虫さ。明るいだろ?」

キリは月光虫を数匹、自分の肩やリシュナの肩にとまらせた。虫たちが放つ優しい光が、私たちの周囲をぼんやりと照らし出す。


(すごい…本当に砂漠のこと、何でも知ってるのね、この子…)


光源を得たことで、少しだけ安心感が戻ってきた。私たちは月光虫の光を頼りに、塔の内部を慎重に進み始めた。目的の「印章」は、おそらく塔の最深部か、あるいは上層階にあるはずだ。


「うわっ!」


突然、キリが短い悲鳴を上げた。見ると、彼の足元の床の一部が、音もなく下に沈み込んでいる! 落とし穴だ!


「キリ!」

私は慌ててキリの手を掴もうとしたが、キリは持ち前の身軽さで、沈み込む床からひらりと飛び退いていた。間一髪だった。


「あっぶねー! いきなり罠かよ!」

キリは悪態をつきながら、額の汗を拭う。穴の底は暗くて見えない。もし落ちていたら、どうなっていたことか。


(やっぱり、ただの古い塔じゃないんだわ…!)


私たちはさらに警戒を強め、一歩一歩、足元を確認しながら進む。すると今度は、壁の小さな穴から、シュッ!と鋭い音を立てて何かが飛んできた!


「危ない!」


私が叫ぶより早く、キリが私の体を突き飛ばした。私は床に倒れ込み、飛んできたものは私のすぐ横の壁に突き刺さった。それは、黒く変色した、毒が塗られているであろう吹き矢だった。


「…キリ! 何があったの!?」

「へーきへーき! ちょっと罠にびっくりしただけだって!」

キリは私を助け起こしながら強がってみせるが、その顔は少し青ざめているように見えた。


(落とし穴に、毒矢…まるで、侵入者を殺すために作られたみたい…)


古代の遺跡には、宝物を守るために恐ろしい罠が仕掛けられているという話は本当だったのだ。ここは、忘れられた監視塔などではなく、何か重要なものを守るための、死の要塞なのかもしれない。


「…ねえ、キリ。やっぱり引き返さない? ここ、思ったよりずっと危険だよ…」

私の声は震えていた。もう、心臓が持たない。


「何言ってんだよ、リシュナ。ここまで来て引き返せるか! 印章はすぐそこにあるはずだ!」

キリは私の弱音を振り払うように言うと、再び前へと進み始めた。その目には、恐怖よりも、むしろ挑戦者のような光が宿っている。


(この子、もしかして、この状況を楽しんでる…?)


信じられない思いでキリの後を追う。すると、今度は通路の先に、頑丈そうな石の扉が現れた。扉には複雑な模様が刻まれており、鍵穴のようなものは見当たらない。


「行き止まり…? いや、違うな。これも仕掛け扉だ」

キリは扉の前で立ち止まり、壁の模様や床の石畳を注意深く観察し始めた。

「こういうのはな、どこかに隠しスイッチがあるはずなんだ。例えば、この模様の一部を押してみるとか…」

キリが壁の特定の模様を指で押してみるが、何も起こらない。


「うーん、違うか…。じゃあ、この床の石を踏んでみると…?」

キリが特定の石畳を踏んでみる。すると、カチリ、と小さな音がして、扉がわずかに動いた!


「お、当たりか!?」

キリが喜んだのも束の間、今度は天井から、ガラガラガラ!と巨大な岩が落ちてきた!


「うわあああああっ!」


私たちは同時に悲鳴を上げ、慌てて後ろに飛び退いた。巨大な岩は、私たちがさっきまで立っていた場所に轟音と共に落下し、床を砕いた。


(…今の、絶対に当たりじゃなかったじゃない!!)


危うく押し潰されるところだった。心臓が口から飛び出しそうだ。

私は床にへたり込み、もう一歩も動けなくなってしまった。涙が溢れてくる。


「…もう、やだ…帰りたい…こんなの、死んじゃうよ…」


私のすすり泣く声が、静かな塔の中に響いた。


次々と襲い来る危険な罠! 心身ともに限界。果たして、この死の塔を攻略し、印章にたどり着くことができるのか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ