雪の朝
朝、窓の外を見ると、雪が降っていた。
田舎の足は自家用車だ。この程度の雪では会社は俺を休ませてくれない。
軽自動車に薄く積もっていた雪を適当に落とし、いつもより速度を落として運転する。
このあたりはあまり雪が降らないので、俺は雪慣れしていない。七年前からは特に苦手になった。気がつくと、あいつが後部座席に座っているから。
『昨夜は本当にすみませんでした』
初めて聞いたときにも驚いたが、いちばん驚いたのは二度目だった。だが、三度目にはもう慣れた。今では車を走らせながら、バックミラーを覗く余裕もあるくらい。
『宅飲みに誘ってもらえて嬉しくて……でも、俺は本当に中田さんのことが好きなんです! それだけはわかってください!』
黒いダウンコートを着た体を震わせながらあいつがまた告白をする。酒は抜けているはずなのに、地味に整っている顔は赤い。
「ああ、わかってるよ」
前を向いたまま、俺は同じ言葉を繰り返す。
もうあの交差点の近くに来た。信号は赤。あの日のようにブレーキペダルを踏んで停車する。
『あの……俺、ここで降ります! 歩いて会社行きますから! 中田さん、ありがとうございました!』
とっさに止めようとしたが無駄だった。今のあいつはドアを開けなくても外に出られてしまうのだ。
進行方向は同じだから、横断歩道の信号も赤。雪が舞い散る中、あいつは寒そうに肩をすくめていたが、青になったとたん走り出し――景色に溶けこむようにして消えていった。
七年前、会社の後輩だったあいつは、今のようにここで横断歩道を渡ろうとして、信号無視をしてきた車に跳ねられて死んだ。死んでしまった。
あれはあいつの幽霊なのか。それとも、後悔しすぎておかしくなった俺の幻覚なのか。正体は不明だがこれだけはわかる。
「俺もまだ、おまえが好きみたいだよ」
独りごち、俺は前の車に続いて交差点を直進した。