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「仁志倉くん、古鳥さんに、あの子呼ばわりはやめなさい。それに本人の了承を得ていないなら、いえ仮に得ていても、会社で下の名前にちゃんづけは不適切ですよ」

「えー、後藤さん硬いな~! 僕、誰とでも仲良くなれるタイプなんですよ。ずっとスポーツやってきて誰とでも友達になれるし、こういうの許されるキャラなんですって」


 後藤さんが眼鏡の端に指を当てて――いらいらしている時のサインだ――答える。


「自身のキャラクタを理由に、マナーをないがしろにしていいということにはなりません。それに誤解を招くような言葉の選び方をして、もう少し考えてください」

「……あーあー。僕、朝からテンション下がっちゃうなー……あー!」


 仁志倉さんが私のほうを見て、目を見開いた。

 思わず、びくりと肩を上げてしまう。


「きたー、フーカちゃん! 昨日ひどいじゃん!」

「古鳥さんでしょう! 仁志倉くん、いい加減にして仕事にしなさい」と後藤さん。


 ちょうど課長が出社してきたので、仁志倉さんはしぶしぶ自分のデスクに向かう。

 肩をすくめた後藤さんがふとこちらを見て、私におはようと声をかけてくれた。


「あの、後藤さん、ありがとうございました。仁志倉さんのこと」

「もう、ちょっと大変ね、彼は。三十過ぎても分別がついてなくて」


「昨日もらったメッセージに返信したんですけど、私の文面がだめだったみたいで……」

「いえ、それ以前の問題だわ。あのまま放っておくと、四十になっても五十になってもああだから。そうするともう治らないからね。……手遅れかもしれないけど」


 後藤さんがそう言って微笑んだ。

 いつも怜悧に仕事をこなす後藤さんに微笑まれると、なんだか得をした気になる。


「じゃ、あたしもデスクに戻るから。そうそう、羽田さんにもお礼言っといて。あたしに事情をさっと説明して、仁志倉くんを鎮火させるように頼んできたの、羽田さんだから」

「えっ。は、はいっ」


 私は始業時間になる前に慌てて羽田さんの課まで行き、お礼を言った。

 羽田さんは、「そんなのいいのにー」と笑っていた。

 私は全体的に見て、同僚には恵まれているなと思う。


 仕事が始まると、いやおうなしに、業務に集中した。

 この会社は昔は、事務というのは誰でもできる楽な仕事だと思われていたようなのだけど、時の専務が「それは違う。営業と事務は車の両輪で、どちらかが充分でない企業は必ず失速する」と唱えて意識改革を図ってくれたらしい。


 実際、営業事務の仕事は忙しい。

 受注、発注、そのための集計、各種確認作業、データ管理、資料作り、営業から頼まれる調べ物、と息をつく暇もない日が珍しくない。

 私宛の電話もかかってくるし、一日の中で細かく締切時間が決まっている仕事も多い。

 デスクワークだというのに、汗を流して肩で息をすることもある。


 そんなこんなで、この日もあっという間に終業時間になってしまった。

 最近、ただでさえ秋が短いって言われているのに、この調子じゃ気がついたらクリスマスになっているんじゃないだろうか。


多趣味なほうではないので、休日も平日も移動範囲がかなり限られていて、家と会社と買い物と実家を行ったりきたりしている間に、気がつけば一年が過ぎている。

就職してからは、時間の感覚がそんなふうだった。


(これを、干物女っていうのかなあ)


 男の子とは交際もしていなければ出会いもない。でも、特に問題があるとは思わない。

 休日をつぎ込んでのめり込むほどの趣味もなく、好奇心もどちらかというと希薄。

 確か干物女というのは主に恋愛についての言葉だったと思うけど、私は恋愛以外でも水分の足りない毎日を送っているような気はする。が、それで困っていることもないのだ。


「古鳥さん、お疲れ様」


 羽田さんがそう言って、いそいそと更衣室を出て行く。

 今日も彼女はおしゃれで、赤いプリーツスカートに、布地は薄いけれど体の線が出過ぎない、上品な白いトップスを着て、ばいばいと私に手を振った。

 かわいいな、と思う。この後はデートだと言っていた。私から見ても、彼女の恋人は羨ましい。きっと羽田さんとつき合うのは、楽しいんだろうな。


(恋愛かあ)


 憧れないわけではないんだけど、今必要っていうわけでもない。

 まったく寂しくないということでもなくて、去年のクリスマスなんかは、一人で部屋でショートケーキをフォークで削って食べながら、まるで自分以外は世界中に恋人同士しかいないような気分で、いたたまれずに一晩中SNSをスクロールさせ続けたりもした。


 寂しい、というよりは、心細いというのが正しいような気もする。

 私は人づき合いが下手で、学校でも会社でも、親友と言える関係持った相手がいなかった。私にとっての「友達」は、「クラスメイト」と大差ない。

家族以外、自分と対等に、お互いを大切にしあえる存在がいない。後藤さんも羽田さんもいい人だけど、友達と言えるほど深いつき合いじゃない。


 会社の自動ドアを開けて、外気に吹かれながら、ぽつりとつぶやく。


「もしかして私、孤独死するのでは……?」

「誰がー?」


 いきなり肩口から声がして、私は飛び上がった。


「きゃあああっ!?」

「そーんな、驚かないで下さいよお」


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