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<第一章 風花とあきら>

 昔から、時々、「風花ふうかちゃんて変わってるね」と言われることはあった。

 あったのだ、けれど。

 それは、小学校のクリスマス会でほかの子が紅茶を飲んでいる時に、私だけ砂糖入りのコーヒーを飲んだりとか。

 私のクラスで急にショートカットやカラーリングが流行っても、私だけ黒髪のままロングヘアを維持したりたか。

 中学でバスケット部部長の男の子にみんなが騒いでいたころ、将棋部の同級生の男子が全国大会に進んだのを一人で応援していたりとか。

 そんな他愛ないもののはずだった。

 なのに。


「うう……こ、これは、ちょっと変わり者扱いされ過ぎているんじゃないかな……」


 少し残業した後に退社の打刻を済ませて、東京は月島の一角にある、会社のビルを出た。ここから三十分ほどの、一人暮らしをしている自宅へ、あとは帰るだけなのだけど。

外はまだ明るく、九月の風は残暑の気配をはらんでいて、日向で干した毛布をばふりとかけられたような熱気がある。

 その中で早くもうなじに汗をかきつつも、私はスマートフォンに入ったメッセージを読むために、歩道の端で立ち止まった。


古鳥(ことり)さん、いやフーカさんて呼んじゃおうかな!? 今日、会議室での僕のプレゼン終わりに僕を目で追ってくれてましたよね! 言葉じゃなくて視線でエールを送ってくれるフーカさん、やっぱり変わってますけど、僕には伝わってますよ!>


 やっぱり、とは一体……?

 くれてましたよね、って言われても、今一つ心当たりがない。

 たまたま今日、会議室のドアに目を向けた時に、そういえば新しい得意先へのプレゼンを終えた営業チームがみんなで出てきた気がする。

 それだけでここまで熱いメッセージを送ってくるというのは、私よりも彼のほうがよっぽど変わり者だと思う。

それでも、一応、返事はしなくてはいけない……かな?


<そういうつもりはなかったけど、お疲れ様。成約につながるように、頑張ってね>


 当たり障りなく、そんな文言を入れて送信ボタンを押す。

 メッセージをくれた相手は会社の同僚で、三十一歳の男性だった。中途入社で営業に配属されており、営業事務の私とよく同じチームになる。新卒で入った二十七歳の私とは、彼のほうが年上だけど後輩、という間柄だ。

 彼は見た目は細身で穏やかそうなんだけど、ちょっと無遠慮で感情豊かななところがあって、管理職の皆さんも辟易気味らしい。……なんとなく、分かるような気はする。

 彼とはメッセージアプリのIDを交換はしていないのだけど、連絡を取り合うために携帯電話の番号は教え合っていた。そのため、電話番号宛でメッセージを送ってきている。


……うう、ブロックしたい。でも、角が立つな……。


 幸いこの日はそれ以降返信はなかったので、平穏無事にやり過ごすことができた。

 ……と思ったのは間違いだった、と知ったのは、翌朝の出社時。


「古鳥さん、仁志倉(にしくら)さんと昨夜なにかあった? 朝から彼、切れてるよ」


 更衣室で社員証をスキャンし、出社の打刻をしていたら、同僚の羽田(はねだ)さんがそう言ってきた。

彼女は中途入社ながら私と同い年で、同じ営業事務として仲良くしてくれている子だ。メリハリのあるメイクで、明るい髪色に明るい顔立ちをしていて、社内でも人目を引いている。社規に抵触しない程度のさりげない、でも高価そうだと一目で分かる彼女のイヤリングに、いつも私は目を奪われてしまうのだった。

 いや、それより今、ずいぶん不穏なことを言われた気がする。


「き、切れ……?」

「なんだか、昨日の夜、古鳥さんに男として恥かかされたって」


 夜。男として……


「な、なにその言い方!? まるで私が、仁志倉さんと……!」

「私たちは、なんかまたあいつばか言ってるなって感じだけど。なにかあったの?」


「……正直に?」

「まあ、言える範囲で」


「……距離感不明なメッセージを送ってきたので、不愛想に返信した……かな」

「ああ、それでかな。上から目線だとか、人として軽んじられてるとか、そんなこと言ってた気がする。あたしもあんまり関わり合いになりたくないんだよね、あいつとは」


 羽田さんが苦笑した。


「うん。……できれば私も、顔も合わせず口もきかずにそのまま沈静化させたいな……」


 更衣室を出て事務所に入ると、私が所属している営業一課の島の向こうで、仁志倉さんがほかの事務の人に食って掛かっているのが見えた。


「ねえ後藤さん! どー思います!? これはフーカちゃんが悪いですよね!?」


 フーカちゃん!?

 思わず、声を上げそうになった。


「あの、あたしにはよく事情が分からないけど。仁志倉くん、あなた、古鳥さんのことフーカちゃんて呼んでるの?」


 応対しているのは、私の先輩の後藤さんだ。銀縁の眼鏡にシニヨンの髪、すらりとした体躯で、切れ者風な上に実際仕事ができる。


「そー、いいでしょ、かわいいじゃん。だけどあの子僕に上から目線でさあ……」


 後藤さんが、仁志倉さんの顔の前に、ぴしりと手のひらを向けた。


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