六王睦月と秘めた力
「睦月くーん、昨日休まれてすごい大変だったんだよー?」
バイト先に入るなり、お世話になってる店長からダメ出しを受ける。
「流石に30連勤もしてたら、おじさんを言いくるめるのも無理でしたね」
「そんなにシフト入れてたっけ?」
店長は「おや?」と僕の言い訳に耳を傾ける。
「可能な限り休みなしにしてくれって言ったのもあったので」
「労働基準法なんてあってないようなもんでしょ、個人店舗なんて」
開き直るにしても、もっとあるでしょ。
「そこはも少しホワイト企業を目指すとか……」
「うちがもしホワイト企業だったとして、睦月くんは雇えなくなるけど大丈夫?」
「すいません、ナマ言いました」
「わかればよろしい! ともかく、今月は掻き入れドキだから。休まれたら困るのよ。他に体力があって配達頼める子なんて見つからないし、睦月くんはうちのエースなの!」
「僕、ただのアルバイトですけど?」
「気分よ、気分。お給料色つけてあげるからあまり細かいことは気にしないで」
「はーい」
バイトの一件目はお弁当屋さんの配達。
ウーバー◯ーツのようなものをお弁当屋さんに勤務しながら行っている。
ついでに新聞や牛乳の配達なんかも請け負っている。
なんでそんな重労働を一手に請け負っているのかといえば。
ダンジョン踏破ボーナスでもらったアイテムが自分以外に扱えないものだったからだ。
それは俗にいうところのパッシブスキルと呼ばれるもので、地上では全く役に立たないかと思いきや、意外なところで役に立っている。
その役に立っている一部は、アルバイトなんかで重宝されているというわけだ。
スキル【装備固定】
武器などの装備解除を防ぐ。
自転車に装備した配送用トランクの荷崩れを防ぐのに大活躍!
スキル【疲労回復:小】
スタミナの消耗を緩和する。
自転車を漕ぐことで蓄積する疲労を回復。
疲れ知らずの運転が可能に!
スキル【両手持ち】
装備を両手で持った時に、攻撃力1.5倍。
なぜかこれを使って自転車を漕ぐと走行距離が1.5倍稼げる。原理は知らん。
両足漕ぎに置き換わるのだろうか?
これらのスキルは、五層を抜けた後にモンスター使役ボーナスとかでもらえたりする。
今回佐々木さんを引き連れた時ももらえたけど、パッシブはハズレなんだよなー。
佐々木さんは特に何も感じてないみたいだけど、やっぱりラストアタックした人にしか与えられないものなのか、当分は僕だけの特権みたいな?
あんまり威張れた特権でもないけど。
直接攻撃とかとは縁遠いし、0に何をかけようと0だからね。
でも今は、これをアルバイトに活かせるのが僕の利点である。
「店長、配達終わりましたー」
「やっぱり睦月くんに任せるのが一番いいわ。外部の人間を頼むと、どうしてもコスパを求めるしね」
「普通、働く上で最も重要視するものでは?」
「いーい、睦月君? 人はそこに仕事があったら選り好みできる立場にないのよ? 特にそういう業種だって知っててアルバイトに来たらね?」
「アッハイ」
これは何を諭しても話は聞いてもらえないやつだ。
僕はおとなしく引き下がって、来月分のシフトの相談をする。
特に休まなくても【疲労回復小】があるのでなんてことはないのだが、従兄弟の夏生ちゃんに休息日を設けろと心配されたばかりである。
叔父さんも生き急いでる僕のことを心配していたし、ちょっと根を詰めすぎてた自覚もあった。
「あら、珍しくお休みの日があるわね。見間違いかしら」
ゴシゴシと目を擦る店長。
何度見たってシフト表に変化はないよ?
「実は今回の休日を皮切りに、休息日を設けないとアルバイト禁止にするって脅されまして」
「横暴!」
「実際、僕はアルバイトでしかないですからね。世話になってる叔父の許可を得てやっていることですし、叔父からの許可がないと取り止められるのは仕方のないことでは?」
「悔しいけど、正論だわ。仕方ない、ここは心を鬼にしてアルバイトを増やすことにするわ。いつまでも睦月君に頼ってもいられないということね!」
「そりゃ、僕だってずっとここで働くわけにも行かないですしね」
「ねぇ、そんな酷いこと言わないで! ずっとここで働いてもらっていいのよ!」
今日はいつになくグイグイくるな。
もし僕が他のところでもアルバイトしてるって知ったら卒倒しそうだ。
あれだけの量の配達をしていながら、他のバイトもしてるなんて普通は思いつかないし、そりゃそうか。
「ではまた明日ー」
「はーい。お給料は期待してていいわよー。奮発しちゃうんだから!」
「その日を楽しみにしておきますね」
むしろそれが狙いで仕事量を増やしたというのもある。
しかし休息日か……何をしたものかな。
妹が世話になってる病院に毎日押しかけるのも悪いし。
やっぱりおじさんや夏生ちゃんとどこか出かけるのが無難かな。
学校は、なるようにしかならないし。
「ただいまー」
「おかえり、兄ちゃん。今日のご飯何?」
「今日はなー」
世話になってる六王家では、まだ中学生の夏生ちゃんは俺のバイトが終わるまで寝ずに待ってくれている。
バイトが終わるのが19時で、そこから買い出しをするので家に帰る頃にはすっかり夜も更けているのに、彼女は律儀に待ってくれるのだ。
叔父さんの稼ぎがあるからお金には困ってない。
本当にお腹が空いてるなら出前を頼むなりなんなりしてる。
実際に僕たちを引き取る前まではそういう生活してたし。
「今日はお肉が半額で売られてたから、奮発して生姜焼きでも作ろうと思う。明日は体育があるって言ってただろ? 体力をつけるのに肉はいいぞー」
「やった! 私お肉大好き」
「昨日は食いそびれたからなー。寿司もいいけど、やっぱり若いうちはお肉だな」
「それそれ、親父は自分の趣味を押し付けたがるから」
「おじさんの稼ぎだから、僕たちはそこまでわがまま通せない。けど、僕が作るんなら話は別だ。お肉は分厚く切ってやろう」
「ひゅー! やっぱりにいちゃんは最高だぜ」
「ご飯ができるまで食器の準備とか任せても?」
「そんくらいよゆー! 風呂も沸いてるぞ」
中学生にしてこの気遣い。
後顧の憂いなしと僕も料理に集中できるというものだ。
生姜焼きの肉は、薄く切るのが基本中の基本。
火の入りが悪いと細菌を殺しきれないからというものがある。
しかし僕はここでもパッシブスキルを扱った。
スキル【浸透】
これは傷薬などを塗り込む際に、効果を促進させるもの。
今回はハチミツの海に肉を漬け込む際にこれを使った。
浸透圧という現象で肉の繊維を解き、硬い肉も柔らかくするというもの。特にスーパーの半額商品なんかは解体してから日が経っていることもしばしば。
生姜焼きにしたら目も当てられないほどに硬くなる。
しかし【浸透】を使えばあら不思議。
悪くなった肉が、みずみずしく蘇ったではないか。
今回はハチミツの抗菌作用を使うのである。
そこにフライパンとフライ返しで【摩擦】を使用。
これは着火を手助けしてくれるパッシブスキル。
実際に対象に火をつけるものではなく、摩擦で熱を起こすことによって対象に熱が入りやすくなるのだ。
使いすぎるとフライパンがダメになったりするので注意が必要。
ちなみにこれは6代目だ。
しかし、夜遅い時間まで待ってくれる夏生ちゃんにご飯を素早く提供する上でこのスキルは欠かせないものになっている。
合わせてガスの火を乗せて中火で蓋をして蒸し焼きにする。
肉は焼いてこそ正義、と語っておきながら、今回は分厚く切ったのもあり念入りに火入れをする必要がある。
それを焼きだけで達成するのは不可能。
なので最初に蒸して、あとは表面を強火で炙るのだ。
生姜は本当なら殺菌作用に用いるが、今回は完全に味付け役に回ってる。
ハチミツ漬けの肉は甘くなるので、生姜の辛味が程よいのだ。
「お待たせー、お皿用意して」
「うまそー、臭いだけでご飯食える」
「それもこれも夏生ちゃんがご飯を炊いていてくれたおかげだよ。いつもありがとうね」
「そんな、お米量って、水で洗ってスイッチ押すだけじゃん。誰だってできるよ」
それをできない人が世の中にはたくさんいるんだよ。
お風呂を沸かしてくれるのだってそうだ。
それは僕たち兄妹が二人だけで生きてきた時、誰も用意してくれないものでもあったから。
彼女の気遣いが身に染みるのだ。
そして、
「うんま! 兄ちゃん、これすごく美味しいよ!」
表情をコロコロ変えながら率直に感想を述べてくれる。
作り手冥利に尽きるってもんだ。
この笑顔があるから、僕は頑張れてる。
「だろう? しかしながらオカワリはないんだ。分厚く切ったからな」
「そんなー」
「また半額だったら買ってくるから、売り残ってることを祈っててくれ」
「別に高いお肉を買っても、親父は怒んないと思うよ?」
「僕が萎縮しちゃうからだーめ。現役アルバイター舐めんな。金額だけでビビるわ。これが給料二ヶ月分? とかな」
「働くのって大変なのなー」
「夏生ちゃんも大きくなればわかるよ」
「兄ちゃんと三つしか離れてないけどなー」
「ははは」
僕らは他愛もない雑談をしながらその日を終えた。