六王睦月と佐々木寧々②
「あ、ごめん。もうバイトの時間だ。今日はここまででいい?」
彼は七層のワイバーン軍団を殲滅したあと、私に対してさらりと言った。
「え、ええ。地上の時間がわかるの?」
「わかるよ。バイトに遅れたら大変だから」
「あなた、本当にアルバイトなんかする必要あるの?」
「せざるを得ないのさ。【才能】だけ強くたって、こうも稼げなきゃ」
「地上に帰ると【才能】の一切合切が消えるんだっけ?」
「そ。側から見たら僕のそれは邪道も邪道だし、一緒に組むのはお互いのためにならない。だから僕の方から身を引いた感じだね」
「【スコア】を稼げない時点で一緒に組みたがらないのは事実だわ。でも……」
今日、目の当たりにした彼の実力を鑑みて、得られるものはまだまだありそうだと理解する。
「世の中、自分さえ良ければそれで回るから。僕はもう仕方ないものとして受け取ってるよ。退学させられるんならそれはそれで仕方ないさ」
「諦めるの? 探索者への道を」
「結局アルバイトをしてる理由が学費を払うことだからね。理由は他にもう一件あるけど、赤の他人に話すことじゃないし、同情を引こうとも思ってないね」
「赤の他人……一応クラスメイトで隣の席なのよ?」
「偶然の一致でたまたまその場に居合わせた他人でしょ? それに、隣の席にそこまで特別視はしてないよ。席もそろそろ変わるだろうしね」
「あぅ……」
どうしてこの人は、こう……現実主義者なのだろうか。
落第するとなったら、もっとこう必死にそうならないようにしがみつくものじゃない?
それに、席の隣が誰でも変わらないなんて言い切られるのは少しショックでもあった。
一応、クラスでも【スコア】がトップという自負はある。
皆が私と仲良くしたいと思っていたし、そのための第一歩として席が隣なのは名誉なことだと思っていた。
それが理由で彼はクラスの中で浮いているのにも関わらず、まるで意に返さない。
その事実に、少しだけ嫉妬する。
「なに?」
「なんでもないわ。帰りましょう?」
「そうだね。帰るのにとっておきのルートがあるんだ。少し危険がつきまとうけど、寄ってく?」
「そんなルートあるの?」
少しだけ興味があった。
だが同時に浮かび上がる不安。
少しだけ危険。
四層で使役したズー(大型鳥類モンスター)の背に私を乗せて飛んだ時も、ワイバーン軍団を殲滅した時も。
一言も危険などと言わなかった彼が、危険を述べる。
それは私の常識で推しはかれることなのだろうか?
結果、私はその浅はかな提案に乗ったことを後悔した。
「ひゃわぁああああああ!!!」
びっくりするくらい、私らしくない声が出る。
それくらいの奇跡体験をした。
もう二度と味わいたくない。
味わう機会はそうそう起きない体験。
「あはは、クールそうな佐々木さんが変な声出してる」
「笑い事じゃない!」
「笑い事だよ。あーおかしい」
「全くもう、あなたって人は!」
「あ、いつもの佐々木さんだ」
「もう……」
普段となんら変わらない笑みで、なんでこんなイかれた作戦を立案できるのやら。
私たちは水、陸、空をスライムの中に包まって移動した。
飛んだり、跳ねたり、大型個体に食べられそうになったり。
本当に大変な目に遭う。
空を崖の上から滑空した時に、私は変な声を出した。
着地に失敗したら死ぬかもしれないこと。
着地地点に蟻地獄があったらそのまま捕食されてしまうかもしれないこと。
もちろんカウンター手段は考えてあるらしいけど、乗り心地は最悪だった。
特に降りた後、スライムの体液でベトベトになるのが納得いかないところだった。ちょっと制服溶けてるし。
「制服が半分溶けかけてるんだけど……これ、私捕食されかけてたんじゃ?」
「人体に害はない個体を選んだよ。制服は結構損傷するし、佐々木さんの財力ならすぐ買い換えられるよ」
「そういう問題じゃない!」
終始こんな掛け合いを続けている。
クールな私らしくない。ずっとツッコミに回る感じ。
そして、数々の戦利品が地上に出たと同時に彼の能力と共に消え去った。
まるで夢から覚めるように取り払われたのだ。
けれど、一つだけわかることもあって。
「これ、道中で拾ったものだけど使う?」
「あぁ、スライムコア。価値下がって3ポイントから1ポイントになったんだっけ?」
「倒したのはあなただし、所有権はあなたにあると思うの。どう、使えそう?」
地上に出た後、彼の討伐部位を手渡すと、それは消えたりはしないようだった。
「わ、すごい! 僕の生徒手帳に初めて討伐モンスターと納品【スコア】が記載されたよ!」
「初ポイント獲得おめでとう。これで退学は免れたわね」
「後で絶対ポイント上増しされるやつだろうけど、僕でもスコアを獲得できるってわかっただけでも収穫はあったね!」
「そうね、その時はまた付き合うわよ? クラスが変わらない限りは」
「そうしてもらえたら助かるな。あ、もうこんな時間だ。じゃあ本当にこれで!」
そう言って彼は半分溶けかけたボロの制服のまま、自転車に乗ってさってしまった。
こうして私は彼の異常性を目の当たりにし、昂る気持ちをとあるゲームへとぶつけるために制服を買い替えて向かう。
「あら、竹下君?」
「なんで、佐々木さんがここに?」
「少し、ソロで回る時の立ち回りを学びに。六王君がためになるって言ってたから」
ありのままを彼にいうと、やはり表情をこわばらせた。
「またあいつか。ゼロポイントが調子に乗りやがって!」
「あら、同じクラスメイトを悪くいうのは感心しないわよ?」
「ハッ、【スコア】が全ての学園で、ゼロポイントなんて不名誉。悪く言わないやつは居ませんよ」
「もう彼、ゼロポイントではないのよね」
「へ?」
竹下君はわかりやすいくらいに表情を青ざめる。
それは予期していない最悪の想定だったのだろう。
「なんで、佐々木さんがそれを知って?」
「一緒に回ったからよ。彼、ダンジョン内では別人みたいだったわ。だから興味を持ったの。彼が勉強になるって言ったこのゲームを体験しにね。あなたもそうなのでしょう?」
自分はそうだ、そう言い切ってやれば私に憧れる彼が違うとは言えないことを知っている。
心のどこかで彼を認められない気持ちだけを北条に浮かべて、竹下君のプレイを拝見した。
他のプレイヤーのリプレイと見比べても、動きはそう悪くない。
典型的な魔法使いの立ち回りだ。
彼の動きとしては間違ってない。
距離を取り、詠唱の隙をなくす。
不得意分野の近接では戦わず、中距離で敵との間合いを測りながらの立ち回り。非常にそつがない。
そんな彼でも、六王君との開きに焦りを感じている。
一体六王君はどんなプレイをしたのやら。
今日拝見した彼はスライム捌き以外は使役に徹していたので、正直実力の程はわからなかったのだ。
「この【MNO】という人は? ずば抜けた動きしてるけど」
「それはあいつの叔父さんらしい。プロなんだって」
プレイを終えた竹下君が、背を伸ばすように屈伸する。
心底興味なさそうに、どうでもいい情報を付け足して。
「六王なんてプロ、聞いたこともねーけど。だが、実力の差を感じた」
「そりゃ、駆け出しとプロじゃ培ってきた経験が違うわよ」
「だとしても、強くなってるって実感はあった。けど、技術だけで納品ポイントを簡単に凌駕されたらさ」
「それで、六王君のは?」
「あいつは確か……【AAA】だったな」
「ネームの打ち込みすらわからない感じ?」
「さぁな」
そう言って、竹下君は彼のリプレイを頭に刻むように繰り返して見ては、プレイに戻った。
彼は今、新たな成長の最中にいる。
私もまた負けられないな。
そう思い、初めてそのゲームに触れた。
びっくりするくらいに本物と違う。
しかし隙を晒して死んでも、死なない。
ゲームオーバーになるだけだ。
【才能】が使えなくなるのは厄介だけど、敵との距離を測るのは確かに上手になりそうだという予感がある。
プレイを終えた後、彼とのハイスコアの差に、まだまだ未熟さを感じ取るばかりだった。
私もいつしか、彼のリプレイに夢中になっていたのだ。
|◉〻◉)ノお読みいただきありがとうございます