六王睦月は息抜きに誘われる
誰からも期待されず、それでも僕がこの地位にしがみつくのは、今もあの日から眠り続ける妹のためでもあった。
「睦月君、なにも君が一人で苦労を背負い込む必要はないんだぞ? 叔父さんたちも力になるから」
「そうだぜ、兄ちゃん。ウチらだって頼ってくれて良いんだからな?」
幼少の頃に俺たち兄妹は両親を亡くし、父方の叔父である六王武蔵の元へ預けられた。
従兄弟の夏生は妹の柚芽とも仲が良く、妹が眠り込んでしまった時も「どうして自分だけ……」と己を責めていたんだよな。
妹はある日から突然眠り続ける奇病。
ナイトメアシンドロームに罹っている。
一切起きることはないのに、肉体の衰えはなく、健康そのもの。しかし起き上がることもなく、介護が必要なので病院の世話になっている。
僕はその妹の入院費を、なるべく世話になることなくバイト生活を経て支払っていた。
「ありがとうございます。でも、僕は自分のことくらい、自分でできるようになりたくて」
「だからって全部自分で抱え込まなくたっていいんだ。ご飯くらいは奢らせろよ。夏生だてそう思うよな?」
「そうそう」
「いや、でも今日シフト入れてて」
「俺が今日は休むって伝えとくわ」
「いや、それは先方に迷惑では?」
「探索者特約だよ。お前はまだひよっこだけど、準探索者だ。免許もらってんだろ?」
叔父さんに言われ、僕は黙りこくった。
『探索者特約』
それはダンジョン社会において、最も力を発揮する権限。
要するに多少の面倒ごとぐらい揉み消す力を有するのだ。
「よし、決まりな。久しぶりにがっつりしたステーキでも食うかぁ! 夏生はどうする?」
「あたしはお寿司の気分」
「贅沢な気分だな。まぁ今月は結構【スコア】も稼げたし多少のわがままも許してやるよ。つーわけで行くぞ。六王家出発進行だ!」
【スコア】ときいて、ビクッとする。
僕がいまだに獲得できてないサービスであるが故に、その言葉に対して若干の苦手意識があった。
探索者に取って、切っても切り離せない存在なのに。
「どうしたどうした、【スコア】の稼ぎが低いのをそんなに気にしてるのか? 一般人はそもそも【スコア】すら稼げないんだ。【才能】が覚醒しただけでも儲けもんなんだぞ?」
叔父さんの例えは最もだ。
だが、俺の場合は【スコア】すら満足に稼げずに現状に至る。
叔父さんの抱える悩みとは、また別ベクトルの悩みであることを伝えきれずにいた。
「ふぅ、食った食った」
「満腹満腹。食う前は寿司の気分だけど、たまにはお肉もいいなー」
「全く現金な奴め。睦月はどうだった?」
「神の味がしました」
「お前はお前でよくわからないやつだな」
しょうがないだろ、こんな贅沢な飯。
喉に流すのは本当に半年ぶりなんだ。
学園生活の食事事情を語ったら、おじさん卒倒するんじゃないだろうか?
「あ、そうだ親父、ダンジョンエクスプローラーってゲーム知ってるか?」
「おう、聞いたことはあるな。実際のダンジョンを探検した気分になれるゲームだったっけ?」
ふぅん、今そんなの流行ってたのか。
全く知らなかったな。
それどころじゃないってのもあるけど、【スコア】を稼げなくて連日バイト三昧だったしな。
「せっかくだからさ、親父の腕前を披露して見せてよ。いつも自慢ばっかしてるけどさ、実際どの程度の腕前か知りたいじゃん」
そう言って、叔父さんを話題のゲームに導いた。
「言っとくが俺は、こういうの得意じゃないぞ?」
「せっかくだからトップ取ってよね!」
結構な無茶振りをしてるが、一般人がプロ探索者に向ける期待は重い。
このゲームは一般人向けに作られた探索者なりきりゲームらしく、本来は覚醒させた【才能】を武器に扱う探索者とは異なり、宝箱から入手した【装備】【スキルスクロール】【マジックスクロール】を駆使して進むのだが、もちろん叔父さんにそんなルールの理解はない。
「おい、プロがやるってよ」
「こんなところにプロが?」
「誰?」
「知らねー、メディアに出てるプロとかではないだろ」
「あの子可愛くない?」
「隣にいる男誰? あいつもプロ?」
「さぁ?」
夏生ちゃんが騒ぐもんだから、叔父さんが注目を浴びる。そのついで焚き付けた夏生ちゃんと、何故か僕にまで……
その中に偶然居合わせた顔見知り。
今はあまり顔を合わせたくない、クラスメイトの姿も混ざっていた。
当然、僕の顔を見てニヤニヤとした笑みを貼り付ける。
「あれ、六王君じゃん? なになに、DEやってんの? 奇遇〜!」
竹下豊。Fクラス生でも成績上位で、佐々木さんを密かに狙ってる男子だ。
何故か頻繁に世話を焼かれる僕に対して、高確率で絡んでくるのだ。
「こんなのでポイント稼いでもさ、現実ではなんの足しにもなん無いよ?」
「ギャハハハ、言ってやんなよ」
ご丁寧に取り巻きまで一緒になって絡んでくる。
どこまでも馬鹿にした様に、僕にマウントをとっては悦に入る嫌な奴らだ。
「ま、現実を見なよ」
「そんなことより君、かわいいねぇ。なになに、六王君一丁前に彼女連れてきてんの?」
「は? 生意気〜」
そして当たり前の様にターゲットは夏生ちゃんへ。最初からそっちがお目当てだったのだろう。
下卑た視線を浮かべ、その腕を掴んだ。
「こんなのと付き合ってないでさ、俺たちと遊ぼうぜ」
「ちょ、やめろよ。兄ちゃん、助けて」
「おい、お前ら良い加減に!」
夏生ちゃんの手を取って、勇気を振り絞ろうとした時だ。僕がカースト最上位に声を荒げる矢先──
「『───ワッ!!』」
ゲームセンター中を爆音が貫いた。
騒ぎの中心は、とあるプレイヤーが映し出されたモニターだ。その番号は、今まさに叔父さんがプレイしている台からだった。
「どけ!」
そのプレイを間近で見ようと、ナンパ実行中の竹下君が吹っ飛ばされる。同様にナンパな取り巻きまで壁際まで押し込まれていった。
「悪い、うちのクラスの奴らが」
「兄ちゃんはさ、あんなのに好き勝手言われて悔しくねーの? あたしは悔しい。兄ちゃん、毎日頑張ってんのに! 誰もその頑張りを見ようとしないで!」
まるで自分のことの様に、僕の分まで悔しがってくれる。ずっと僕が耐え忍んでいたことだ。
彼女を巻き込んだ僕も悔しくて仕方がない。
せめて【スコア】さえ入手できたら、好き勝手させないのに。
拳を強く握りしめる。
「すっげ、あの速さでゴブリン狩れるのか?」
「今どうやってゴブリンの射撃避けた?」
「後ろに目でもついてんのかよ!」
「これ、俺の知ってるDEじゃないです」
「あの人プロなんだって、まじ憧れるよね!」
モニター内では叔父さんのプレイに一喜一憂する人達。突出したバトルセンスが、ゲーマーから高い評価を得ていた。
しかしゲームのトップ層の壁は分厚く、夏生ちゃんの希望は通らずだった。
結局ランキングは3位。
それでも初めてにしては、高順位。
プロのメンツは保てたんじゃないだろうか?
現実と違い、時間制限付き。
動作環境に手間取り、最初にそこで時間を浪費し過ぎた。次やればもっとランクは上げられると豪語するが、それとは別にこのゲームを荒らす気はないと言葉を残して席を立つ。
「悪い、トップの壁は厚かったわ」
「すごかったですよ、叔父さん」
「親父! 見直したぞ!」
「ワッハッハ、こんなので誇ったって仕方ないんだけどな」
「次、兄ちゃんね!」
「えっ?」
この流れで僕?
「いいじゃねぇか、やって見せたら?」
「そーそー、腐っても学園生。一般人との違いは見せつけてやんないとさ」
「竹下君……」
いつの間にやら壁側から戻ってきたらクラスメイトが、今度は準プロ代表として僕をステージへと上げた。
彼の考えは、僕に恥をかかせてさっきの続きをしようというのだ。
「兄ちゃん! 大丈夫だよ」
「わかった、やるよ」
ニヤつく同級生の前に出て、僕はゲームに精神を集中させた。
さて、こっちではうまく反応してくれよ?
|◉〻◉)ノお読みいただきありがとうございます