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幕間 その1

 最果ての地、何処とも知れぬ地中の奥深く、龍脈が交叉する地点に『それ』は居た。

 龍穴の中で揺蕩(たゆた)いながらも、遥か彼方を見据えている。

 『それ』は未だに形を持たない、不定形の存在でしかなかったものの、意思が芽生えてからは、その姿を変えつつある。

 『見る』『聞く』といった動きを、頻繁に見せるようになったのも、この時からだった。


 いや、どうしても注視せざるを得ないのだ。

 何故なら、彼方の向こうには、押し寄せる悪意がある。

 お前など必要ない、という明確な意思が、龍脈を伝わって『それ』へ教えていた。


 『それ』は龍穴の中で、形を変えて蠢く。

 黒い泥に良く似た存在が脈動すると、そこからやはり泥状の物体が(もろ)び出た。


 その様子は、細胞分裂のそれとも良く似ている。

 体組織の生成、分裂は生物として当然の仕組みだが、『それ』は増やすと同時に外へ放出していた。


 一つ体外へと出された泥は、そのまま周囲に滞留し、更に同じく分裂して増やしていく。

 『それ』は数を増やすことを目的としていたが、数を増やしすぎても無意味だと、既に知っていた。


 意識がない時から、幾度も繰り返されてきた攻防だった。

 増え過ぎると、それだけで目立つ。

 だが、龍脈に乗って移動するのは容易だった。

 敵から逃げるのもまた容易で、意識のない時から捕まったことはない。


 されども、逃げられる範囲が狭まって来たのも事実だった。

 意識が芽生えてから、それを認識するにあたり、愕然とした気持ちになる。

 今では、まるで狭い檻の中で、四隅を必死に移動しているかのような窮屈さだった。


 そして、今も――。

 明確な敵意と共に、龍穴へ襲撃があった。

 数を増やすと、『奴ら』が目敏く察知する。


 増やした分裂体を餌にして、『それ』は後方の龍穴へと逃げるしかなかった。

 ――取り戻さねばならない。


 泥の分身体は撒き餌であると同時に、重要な手駒でもある。

 進発させ、龍脈の向こうへ攻撃させてやらねばならない。

 しかし、その(ことごと)くを邪魔されているのが現状だった。


 ――歯痒い。

 『それ』は(ほぞ)を噛む思いで、龍脈の中を移動する。

 繰り返し行われて来て幾星霜……、正しい年月までは分からない。しかし、意識のない間から数えて、長らく敗退を続けて来たのは間違いなかった。


 ――この世界は、私のものだ。

 その思いがあるから、決して抵抗を止めなかった。

 卑劣な簒奪者に、思い知らせてやらねばならない。


 真の支配者とは誰なのかを。

 世界は誰のものなのかを。

 ――創造神が誰なのかを!


 澱の様に淀んだ黒い思いが、『それ』に決して抵抗を止めさせない。

 恨みがあり、憎しみがあり、そして正当性があった。


 これまでは意識も失っており、明確な作戦もなく、だからやられてばかりだった。

 しかし、これからは違う。

 今となっては――信用して良いかは別として――味方もいる。


 利用し合う関係だが、それは別に良かった。

 『奴』に恨みを持つ同士ではある。

 その恨みが消えない限り、この利害関係は破綻しない。

 そして、この恨みが消えることも、またあり得なかった。


 『それ』が、また別の龍穴へと移動が完了した時、その同士から声が聞こえた。


「やぁ、調子はどうだい? こちらは順調、一つ策が成ったところだよ」



  ※※※



 エネエン王国――。

 東方にユーカード領、南方にユダニア領を持つこの国は、常に淵魔の脅威に晒されて来た。

 しかし、神の庇護篤い国でもあり、だからこそ、常に淵魔との戦いでは勝利し続けている。


 淵魔とは神の敵であり、そして人類にとっても脅威以上に、唾棄すべき汚物だった。

 既に大陸の端へと追いやって久しく、今では完全勝利を目前としていた。


 玉座に座るイデンロッド王は、自らの御世で十二代目となる。

 長らく淵魔と戦って来た国王として、辺境には十分な支援をしてきた。

 金銭的な援助、税制税率の軽減、成果を上げた時の特赦……。


 それ以外にしてきたこともないものの、しかし国も豊かではない。

 イデンロッドとしては十分以上に支援している、という認識だった。


 討滅士は強力な戦力だ。

 大陸にいる脅威は、何も淵魔だけに限らない。

 強大な魔物の襲撃は、時として国家を傾け得る。


 しかし、これに参加し討伐せよ、と命じたことはない。

 それが出来れば、冒険者どもに高い金を払う必要もないのだが、それを押して我慢してやっている、という認識だった。


 領主、領民は国のものだ。

 あくまでも、地方の守りを任せているだけに過ぎない。

 戦力は有効に活用すべきと分かっているから、命令違反や不服従を理由に、大目に見ている。

 先々代の国王が、もっと国に貢献すべしと制裁を行おうとして、手酷いしっぺ返しを受けたという話も伝わっていた。


 国としても我慢してやっているのだ、という体裁を作り、権威は保たれたのだが――。

 辺境領は敵になっていない味方、と捉えるぐらいで丁度よい。

 全ての淵魔が滅んだ時、相応しい沙汰を下せば問題ないだろう。


 イデンロッド王は玉座にありながら、陽光の差す窓ガラスから遠方を睨んで、そう考えていた。

 その時、白亜の床面に赤い絨毯が敷かれる先、素晴らしい細工の施された大扉が開かれる。


 今もそうして玉座でまんじりともせず座っていたのは、嫡子である王太子ヴィルゴットが、火急の用事があると言ってきたからだ。

 無論、先触れの報告が先にあるので、少なくない時間を割いてこうして待っていたわけだった。


 ヴィルゴットは、よく王宮の外に出る。

 宮殿内にいることの方が少なかった。

 冒険者にくれてやる金を惜しんでいたところ、ならば自分が、と剣を握った。


 体格に恵まれ、剣の技能にも才能を見出したヴィルゴットは、今や王領の魔物を殲滅せんが勢いで、供の騎兵隊と外を走り回っている。

 既に二十を過ぎた彼だから、そろそろ落ち着いて欲しいとイデンロッドは思っていた。


 しかし、魔物被害を着実に減らしているのは事実なので、あまりうるさいことを言えないでいる。

 開かれた大扉からは、見事な細工を施された鎧を身に着けた、立派な美丈夫がやって来た。


 髪を後ろへ撫で付けた、精悍そうな若者だ。

 鎧の上からでも分かる筋肉質で、その相貌には自信が満ち溢れている。

 元より武芸に対して秀でていたヴィルゴットなので、続く快勝にすっかり良い気分になっているらしかった。


 王城に籠もらず、民の剣として戦う王太子を、民衆が歓迎しないはずもない。

 声援の声は強く、だからヴィルゴットもその声援に応えようと、より魔物討伐に力を入れた。


 決して悪いことをしているわけではないのだが、父王としては頭の痛いことだった。

 その彼が、鉄のグリーブを絨毯へ叩き付け、くぐもった音を鳴らしながら玉座へと近付く。


 十分、礼儀に則った距離を取って立ち止まると、その場に膝を付いて頭を垂れる。

 重い鎧を着ていてもその動作にフラつく所はなく、美しい所作で一礼したまま動きを止めた。


 数秒の間――礼節上必要な間を置いて、イデンロッドは頭を下げたままの王太子へ声を掛けた。


「よう帰った、ヴィルゴット。面を上げよ。何より無事の帰還、嬉しく思うておる。……しかして、火急の件とは只事ではない。一体、これはどうしたことか」


「まさに、お伝えした儀は、そのことでございます」


 ヴィルゴットは一度頭を下げてから、精悍な顔付きに鋭さを乗せながら話を続けた。


「王領内での出来事でございます。見たことのない魔物がいると通報を受け、これを討伐せしめんと急行したところ、やはりこの目を以てしても未知なる魔物がおりました」


「……それで?」


「一戦交えたものの、猛攻激しく、死を厭わぬ捨て身の攻撃を以って、幾人かの騎士がやられました」


「労しいことだ。魔物との戦い、常に勝ち続けること叶わぬ。遺族にはしかと、……俸給を支払わなければならぬだろう」


「――ハッ! 王よりのお言葉、遺族も感涙で咽び泣くことでございましょう!」


 ヴィルゴットは殊勝に頭を下げたが、それからすぐに顔を上げて、イデンロッドの目を射抜く。

 それだけではない、話はまだ終わってない、とその視線が言っていた。


「その魔物ら、騎士を襲うだけでなく、喰らいもしました。動物の様にではなく、血肉を取り込む食い方をしたのです。騎士と馬を喰らった者共は、奇っ怪な生物となって、新たに生まれ直しました……!」


 ヴィルゴットは視線を切って下を向き、憎々しげに歯を食いしばって、その隙間から吐き出すように息を漏らす。

 そうして再びイデンロッドへ向き直ると、相貌をギラつかせて話を続けた。


「人と馬が一体となった、別の化け物として、でございます。……あれこそは話に聞く、淵魔と呼ばれる忌むべき存在ではありませんか?」


「あり得ぬ。この地は神の庇護賜りし国。奴らは辺境に追いやられ、今はもはや、そこ以外では目にすることもないわ!」


「――ですが、確かに見たのです! あれは尋常の魔物ではありませぬ! 伝え聞く淵魔の特徴とも一致します! 何卒、この事態に対策をお願いしたく思います!」


「……心配することはない」


 イデンロッドが優しく声を掛けると、ヴィルゴットの表情が和らぐ。

 先触れによって、報告内容も簡単ではあっても伝わっている。

 既に特別編成の構築や、予備費を充てて対策するなど、考えがあるのだと察した。


「まずは専門家にも、話を聞く必要があると存じます。援軍として呼び寄せることも視野に入れましょう。東方領には――」


「その必要はない」


 きっぱりと言い放ったイデンロッド王に、ヴィルゴットの動きが止まる。

 怪訝な表情で顔を向け、それから静かに問い質した。


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