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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夕暮れ時に【読み切りホラー】

作者: 黄昏睡

帰り道はなんだか寂しくなる。



夕方とかは特に。赤く染まった空とか、カアカアうるさいカラスの声とか、「良い子は早く帰れ」の町内放送とか。特に最後のがよろしくない。なんだあの曲のチョイスは。物寂しさに拍車がかかる。


そんな事を小声で毒づきつつ家路につく。

もういい子って歳じゃないし、なんなら子どもの時もいい子じゃなかった。けどいい子じゃないから帰らない、という話にはならないのだ。あの内容、変えた方がいいと思う。「〇歳以下は全員帰りましょう」とかに。あ、でも塾とかあって帰れない子もいるのか。そしたらその子は悪い子?

ああ、じゃあ「〇歳以下の用事のない子は帰りましょう」とかで。


そんなくだらない事を呟きつつ進む。私は考え事が声に出るタイプだ。

低い太陽に影が長く伸びている。その自分の影を追うように、踏みつけるようにして歩く。私以外他に誰もいない土の道は、一歩歩くたびに土埃が舞う。



「これだから田舎は」



私はこの町が嫌いだ。町と言っても私が住んでいる辺りは人家もまばらで空き家も多い。村と言った方がピンとくる。名物と言えば、本当かどうかもわからない落武者伝説くらい。それだって平家とかの有名どころじゃなくて、戦国時代のどこぞの藩の生き残りが逃げてきて結局この地で力尽きて全滅したみたいなショボいの。浪漫も何もない。

小さい頃は「悪い子は落武者に連れてかれるよ」ってよく脅されたっけ。と溜め息を吐く。


そうだよ。私は悪い子だった。



今も悪い子だから、こんな田舎にはいたくない。早く都会に行きたい。高校卒業したら絶対に行く。誰かに止められたって行く。だってこんな田舎、碌に仕事も無いし。それにオシャレのしがいもない。ネイルに一時間かけたって、近所のおばちゃんに「爪に虫が付いとるよ?」って言われるだけ。

こんな田舎(ところ)はいやだ。私はもっとキラキラした所に行くんだ。クラブとか行ってお酒とか飲んでナンパとかされて。そういうのがいい。そういう今時の若い子の生活をするんだ。



その時、何か聞こえた気がして思考が止まった。



『……ぃ……、……ぃ……』


…………?


不思議に思い、歩みが遅くなる。


『……ぁ…………ぅ……か?』


やっぱり聞こえた。人の声のようなものが。私の足元、地面から。足元に誰かいる訳は当然ない。あ、いやお祭りの日にはおじさんやおじいさんが酔い潰れて転がってたりもするけど今はいない。私は移動してるし、スケートボードに寝そべって並走する変質者も見当たらない。でも


『痛い痛い痛い』


さっきよりはっきり聞こえた。けど下は道路だ。土しかない。しっかりと踏み固められた地面に人は埋まっていないだろう。

というか先程から歩いている道に沿って何人も人が埋まってたらホラーだ。それに危ない。車だって通るのに。けれど


『痛い痛い痛い踏むな』


ザワザワと声が聞こえる。


『贅沢贅沢贅沢』


一つじゃなく複数の声が。


『家がある癖に』


恨めしそうに。


『食べ物にも困ってない癖に』


反響して。


『綺麗な服着てる癖に』


夕暮れに響く。


『『『羨ましい羨ましい羨ましい』』』


ドロリとした情念。


『なんで文句ばっかり』


強い敵意。


『お腹空いたお腹空いたお腹空いた』


それと飢餓。




『ねぇ、食べていい?これ食べていい?』




ゾクっとして思わず足が止まった。両手で肩を抱きしめる。


いや幻聴だ。そうに決まってる。


そう思うけど、ざわめきは消えない。


『止まった。食べていい?これ食べていい?』


食欲を向けられているのは自分だと、何故か確信する。


『美味しそう』


『柔らかそう』


『お肉久しぶり』


全身が震える。

幻聴に決まってるのに、相手の気配を感じる。どこにも姿は見えないのに。


「い……や……」


弱々しい声が口から漏れた。ガチガチと鳴っているのは私の歯か。


『お食べよ。その代わりこの子の皮は私がもらうよ?』


年嵩の女の擦れ声。ねっとりと絡みつくような。


『この子の皮を被って『都会』とやらに行ってみるのもいいねぇ』


現実離れした会話。けれど感じる恐怖は本物で。気づけば腰が抜けて地面にへたり込んでいた。


「や……ねぇ……嫌……」


このままでは食べられてしまう。


そう思った。尻餅をついたまま逃げようと後ずさる。

何も見えないのに、右腕を掴まれた感触がした。


「ひぃっ!」


振り払おうとしたけれど、力が強くて動かせない。続いて左腕も掴まれた。そして皮膚を這う生温かい感触。まるで舌で舐められたような。


『甘い美味しい』


何故かそこだけ濡れて光っていた。

地面についていた太腿も押さえつけられた。ふくらはぎも。

ポタポタと、肌に染みができていく。近所のポチが地面に垂らすヨダレみたい。

生温かい息。


身体が動かせない。


『ああもう我慢できない』


『食べよう早く食べよう』


『ああ早く食べ食べ食べ』


『お腹空い空い空いたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた』


首すじに硬い物が当てられた。上下から挟み込む、まるで歯のような物。全身に。複数。


「いやあああああああああっ!」


叫んだけれど何も変わらなかった。私の周りには何の姿も見えない。けれど動けない。

身体を掴む力が強くなった。

身体に当たる歯の数が増えた。

息と唾液。

そこには何もいない筈なのに。何も見えないのに。感覚だけは、はっきりとあった。


『さあ、おあがりよ』


粘ついた女の声に、周りの気配が膨れ上がる。そしてーー



『『『『『いただだだだだきまままあああああああああああああああああああああーーーーー』』』』』











翌朝、田舎の一本道の真ん中に、大きな黒い染みができていた。けれどそこは平らとは言いがたい土の道。車の荷台に積んだ物が、揺れたはずみで落ちるのはよくある事。だから誰も気にする者はなかった。






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