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エピローグ 3


「そうだ、署名の事もまだお礼を言っていなかったわ」

「ああ、あれは別に大したことしてないよ。用紙を作って各所にばら蒔いただけだから」


 きっとあの取消状だって動いたのはウィルフリードなのだろう。署名だって用紙を作る前に立案も企画もしているに決まっている。何かひとつやるにも時間と手間がかかることを結慧は知っている。


「俺がユエちゃんに会いたくて限界だったんだよ。だからあれは仕事したうちに入らない」

「でもずっと役所にいたでしょう?徹夜だってして」

「それは年度末の繁忙期なのと君がいなくなって作業効率が元に……って、何で知ってるの?」

「だって見えてたから」


 寝室から見えてしまうから夜カーテンを引くときに自然に目が行くし、なんとなく夜中に目が覚めて窓の外を覗いたときもある。

 いつだって明かりがついていた。


「神殿、この上にあるのよ」

「え、……え?」


 実際に見せた方が早いか。

 ウィルフリードの膝の上からよいしょと立ち上がりその手を引く。さっき降りてきた時、もやんと何かを通り抜けた感覚があった。きっとあれが結界なのだろう。結慧と一緒なら通れるはずだ。たぶん。


 ウィルフリードの手を離さないようにしながら歩く。

 確かにここからは本当なら見えるはずの神殿が見えない。ということは、きっとあのへん。道が途切れている、茂みのように見えるあたりが境界。


「ん、」

「うわっ、今なにか…………は?」


 もやんとまた何かを抜けた感覚がした。途切れていたはずの道が続いている。その先、聳え立つ神殿が今なら見える。


「嘘でしょ!?」


 ウィルフリードの反応にあの日の自分を思い出す。そうそう、そう思うわよね。


「えぇ……聖域で立ち入り禁止ってそういう……あ、だからユエちゃんさっき後ろから出てきたんだね?」

「はい。走って来たから」

「これ社宅より近くない?」

「あそこの門からなら……」


 山の上半分に建つ神殿の敷地が大きすぎて門はすぐそこ。それよりも門から扉までのアプローチの方がたぶん長い。


「……俺さ、ユエちゃんがすっごく遠くに行っちゃったと思ってたんだよね」

「ああ……」

「神様と人間だからそれはそうなんだけど……実際の距離もさ、それこそ違う世界に行っちゃったくらいに思ってて」

「えっと、……はい」

「…………ずっとそこにいた?」

「いましたね……」

「……なんだろ……今すごく恥ずかしい……」


 顔を両手で覆ってしゃがみこんでしまった。

 しばらくうんうん唸っていたけれど、突然がばりと顔をあげた。

 立ち上がって隣にいた結慧の身体をよいせと持ち上げる。


「ひゃ!?え、あの、」

「なんかもう色々どうでもよくなっちゃったから」

「から……?」

「このまま家に連れて帰っちゃおうかなって」

「なんで!?」


 なにがどうなってそうなったの!?

 身を捩っても肩を叩いても離してくれないどころかそのまま街の方に向かって歩き出す。


「お、重いでしょう……!?おろして……」

「ユエちゃん軽すぎるからもうちょっと太ってもいいと思うよ」

「このまま下りていったら皆に見られちゃうわ!」

「見せつければいいんじゃない?」

「スミティさんとドロリスさんに遅くなるなんて言って来てないのよ……!」

「遅くなるどころか初めての無断外泊になるかもね」


 もやんと結界を通り抜け、さっき座っていた辺りを通りすぎ、坂を下っていく。


(ほ、本気だわ……!)


 どうしようどうしよう。

 べつにけっして嫌という訳ではないのだけれど、まだ、そう、心の準備ができていない。

 

「お仕事は!?」


 ぴたり。足が止まった。


「途中で抜けてきたのではなくて……?」


 たっぷり十秒くらい静止して、はぁぁ~と深すぎるため息と共に地面に降ろされた。

 た、助かった……!


「なんで俺こんな時に仕事が立て込んでるんだろ……」

「ウィルさんに立て込んでない時なんてあるの……?」


 それは見たことがない。

 

「ユエちゃん週末の予定は」

「あ、空いてます……」

「絶対開けといて」

「けど、ずっと忙しかったのでしょう?無理なさらないでね」

 

「それは大丈夫だと思うよ。だって……」

 




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