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1-6


 翌朝。明らかに余り物と思われる固くなったパンと冷めたスープを朝食にとって結慧は一人教会に入った。

 

 夜が明け、すでに日が照る時間だというのに本当に太陽は昇らない。空は薄く紫色を保ってそこにあった。それでも薄明かりに照らされた礼拝堂は美しく、ただただ静かで。


 考えることは山ほどある。

 考えても仕方ないことも山ほどある。

 ならば一時は流れに身を任せてみるのも手かもしれない。


 今、結慧は一番決めなければならないことが決まっていない。それは「自分はどうしたいか」ということだ。


 陽菜にはやることが、やりたいことがある。けれど結慧にはそれがない。

 だって巻き込まれただけなのだ。巻き込まれて、落ちてきて、そうしてまた巻き込まれて旅に出ようとしている。何もかも自分で決めてなんていない。


 突き詰めれば「元の世界に帰るか、帰らないか」という二択になるのだろう。けれどそれすら結慧には決められてはいなかった。


 結慧には家族がいない。親しい友人もいない。

 帰ったところで待っているのは仕事だけ。

 

 帰れるのかと聞いたのは、あちらの方が勝手が分かっているというだけのことだ。大切なものというのを作らずに生きてきた結慧にとって、どこで生きるかなんて結局はどうでもいいことだ。


 こちらが住みやすそうであれば。

 それでもいいかもしれない。こちらで住処や仕事を見つけて、静かに暮らせるならば。場所が変われば、何かが変わるかもしれない。


(こんな、私でも)


 静謐な空気は結慧を思考の海に落としていく。考えたくないこと、思い出したくないことまでが次々と浮かんでは消えていく。

 

 がちゃり、扉が開いた。


 はっと顔をあげる。振り返ってみれば礼拝堂の扉を開けて入ってきたのは男性二人だった。

 短く刈り込んだ鮮やかな赤髪に大剣を腰に携えた男。そして、黒のローブに肩でそろえた濃い紫色の髪の男。どちらも昨日はいなかった。初めて見る顔。


「すまん、祈りの邪魔したか?」

「……いいえ、」


 赤髪の男が声をかけてくる。その対応、目には剣呑なものが含まれていない。

 二人は祭壇の前に行くと膝を折って祈りを捧げる。そういえば、祈りの作法も知らないままだ。

 

「君は、…………」

「はい?」


 鎧と大剣。ローブと杖。まるで勇者と魔法使いのような格好の二人。

 祈りを終えたローブの男が声をかけてきた。よく見ればまだ少年の面影の残る顔立ち。けれども彼はそれ以上何も言葉を発しないままだった。



***


「こいつも一緒に?正気かよ」

「足手まといにしか見えないんだけど……」


 礼拝堂で出会った二人にはすぐに再会した。あの時と態度が違うのは予想通り。陽菜に「この二人も一緒に旅するんだって!」と紹介された時から、いや、陽菜に呼ばれて部屋に入った時から分かっていたことだ。

 ちらりと眼鏡の隙間から見てみれば、やはり身体に巻き付いているピンク色の触手。

 うん、とってもキモチワルイ。


「こっちがクラウドさん。勇者様なんだってぇ!それからこっちがリュカくん。まだ十九歳なのにすごい魔法使いらしいの」

「クラウドでいいぜ、ヒナ。他人行儀は慣れねぇんだ」


 あら、本当に勇者と魔法使いだったのね。

 紹介を受けたから一応結慧も名乗ってみたものの、二人はまったく聞いていない様子で陽菜を構い倒していた。クラウドもリュカも、それからルイもだが全員距離感がバグっているのかやたらと陽菜にべったりだ。クラウドなどは陽菜の髪を一房とって口付けている始末。

 

 もしアレが本当に陽菜から出ている触手の効果なのだとして。絡め取った人が陽菜を好きになる、というのは分かるがそれでどうして結慧に冷たくなるのだろう。

 少し観察している限りではあるが、態度が悪くなる対象は結慧に絞られているとしか思えなかった。


 これも考えるべきことなのだろうが、考えて答えがでるとも思えない。

 それともいっそ陽菜に聞いてみるべきなのだろうか。「それってわざとなの?」って?いや、それは流石に。


「じゃあ早速しゅっぱぁつ!」

「とりあえず月の国でいいんだよな」

「そうですね。月神がいる可能性が高いのはそこでしょうし」

「早く行こうよ」


 聖女の陽菜を中心に、勇者のクラウド、聖職者のルイ、魔法使いのリュカ。陽菜はこちらで用意されたあの派手な聖女服らしきものを着ているため、結慧だけが現代のOLファッションに通勤カバン。

 場違いだし、浮きまくっている。

 居心地の悪さは覚悟していたけれど、これは早急に何とかせねばとまるでゲームのパーティのような集団の後ろをついていく。


「ところで月の国まではどうやって行くのかしら?」

「なんかぁ、電車みたいのがあるんだって〜」




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