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玄関から門までの長い長いアプローチを走る。
風を遮るものなどなにもなく、冷たい春の夜風が頬にあたる。長い間訪れる者などなかった神殿に、夜間照明なんてものはない。その代わり、敷かれた真っ白なタイルが月明かりを反射して行く道を照らしている。
門の通用口から外へ。
ここに初めて来た時以来の外。あの時は気づかなかったけれど、下へと続く道がある。普段生活に必要なものを買い出しに行く時に使う道。ここを行けば、教会の裏手。つまり、ウィルフリードがいるのはこの道の途中。
さほど高くはない、横に広がる山だ。歩けば十分で教会まで行けるだろう。そこを駆け降りていく。
道は月が照らしてくれている。
「!ウィルさ、――――ッ!?」
「えっ?うわぁッ」
木々の間から見えた姿に走りながら呼び掛ける。その懐かしい色に気が抜けたのか、小さな段差に足を取られた。身体が宙に浮く。
「大丈夫!?」
「……はい……」
転びそうになったところを抱き止められた。なんて恥ずかしい。慌てて身体を離そうとするけれど、
「ユエちゃん」
離れない。動けない。ぎゅう、とウィルフリードの腕の中に閉じ込められてしまった。
「会いたかった」
「……私も、」
会いたかった。その言葉は喉につかえて出てこない。
代わりに出てきたのは、涙。
「――――ッ、ぅ、」
ウィルフリードの背に腕をまわす。服を掴んでしがみついて。こんな風に泣くなんてみっともない、そう思うのに涙は溢れるだけで止まってはくれない。
「あ、の……っね、……」
「……ゆっくりでいいよ」
本当は。
辛かった。怖かった。
苦しかった。痛かった。
寂しかった。会いたかった。
本当は、ぜんぶぜんぶ嫌だった。
何度も何度も投げ出したくなって、なんでどうして私なのを繰り返して、逃げたくて泣きたくて。
それでも。
隠して、押し込めて押し殺して、虚勢と見栄を張って。聞き分けのいいふりをして。そうやってずっと張り詰めていた。ひとりで神殿に行ってから、いや、もっと前、この世界に来た時から。もしかしたらもっともっと前から、ずっと我慢してきた。
そんな、心の底で澱になって凍らせていたもの。それがウィルフリードに抱き締められて、彼の体温で溶けてしまった。
涙になって出ていって、空になったところに温かいものが入り込んでくる。
彼の声が、においが、体温が。
とろりと落ちてきて、ふわりと溶けていく。
甘くて、あたたかくて、安心する。
随分長い間泣いていた気がする。
その間ずっと結慧の言葉に相槌を打ちながら抱き締めていてくれたウィルフリード。ようやく止まった涙の最後の一滴、目尻に溜まった雫を優しく指で拭ってくれる。
「もう平気?」
「……ええ、ごめんなさい。恥ずかしいところをみせてしまって」
「そんな事ないよ」
「…………あのね、」
「うん?」
今なら素直に言える気がする。
蜂蜜みたいな優しさで包んでくれる。
この人の事が、
「私、貴方の事が好きです。もしも、まだ貴方が私の事を好きだと言ってくれるのなら……これからも、一緒にいていいかしら」
言葉は案外するりと出てきた。
あんなに悩む必要なんてなかったのね。
「もちろんだよ。――――ずっと一緒にいよう」
きらきら輝く街の明かりも、まわりの木々も、月の輝く夜空も。すべてが見えなくなって、かわりに視界の全部がウィルフリードで埋まる。
世界が蜂蜜色に染まって、触れた唇は温かくて優しくて。何度も重なる甘さに溶ける。
一緒にいたい。ここにいたい。ここがいい。
そう思える場所をやっと見つけた。
月が輝きを増したような気がしたけれど、二人がそれに気づくことはなかった。
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これにて本編終了です。
以降、蛇足が四本あります。
もしよろしければあとちょっとお付き合いください。




