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代わり映えのない毎日を過ごしてた結慧だったけれど、その日は突然やってきた。
「さ、準備しますわよ」
「……何を?」
フローラとミヅハノメが突然やって来て読んでいた本を取り上げられた。しかも二人とも何故かドレスを着ている。正装だ。
一体なにごと?
何の説明もないままあれよあれよと言う間に服を脱がされ風呂に放り込まれる。化粧を施され、髪を結われアクセサリーで飾られる。
ドレスはついこの間新調したものを。使わないから要らないという主張が却下され作られた、結慧の身体に合った細身のイブニングドレス。
夜でもないのに、と思うが月神の正装は全時間帯でこれが正解らしい。なにせ、夜の管理者なので。
そのまま二人に手を引かれやってきた神殿の最上階、扉の前にはスミティがいた。彼も、そしてドレスアップを手伝ったドロリスもきっと事情を知っているのだろう。
知らないのは結慧だけ。軽く睨んでもニコニコ笑って流された。
「連れてきましたわ~!」
そのまま三人で扉を抜ける。こんな事ができるようになったのも、法を改正したおかげ。そこには既に残る七人が勢揃いしていた。
ちらり、議場の隅に目を向ける。
放映具が起動している。どこに向けて流しているのかは知らないが、結慧を連れてきたという事はきっと月の国では放映されているのだろう。
「……事前に知らせて頂戴な」
「言ったら来ねぇだろ、お前」
結慧の文句にゲブが答える。それはそうかもしれないので黙って席につく。
「何のご用事?」
「おやおや、分かっているでしょうに」
「お前をそろそろ外に引っ張り出そうと思ってな!」
溜め息。そんな事だろうと思った。
「……僕でも十日に一回くらいは外に出るよ……多分」
「ヴァルカンももう少し出た方がいいんじゃない?」
度々言われていた事だ。外に出ようと誘われても首を縦に振ることのない結慧にしびれを切らしたのだろう。それはスミティもドロリスも協力するはずだ。あの二人にも随分と言われていたから。
それにしても放映具で映しながらなんて、まったくもって意地が悪い。
「月の国からの奏上も受け取っていないだろう?」
「そちらの国から我らの方にも相談が来ているのだ」
「あら……それはご迷惑をおかけして」
申し訳ないとはあまり思っていないけれど、口先だけで謝っておく。他国にまで協力を要請するとは、何をそこまで必死になる必要があるのか。
「…………いつかも言ったけれど。あの国の人たちは今更こちらに頼らなくても彼らだけでやっていけるのよ。とても優秀な人たちなの、私知っているもの」
「そういう事じゃねぇんだよな」
「一般の方も貴女を待っているのよ」
「今まで姿を見れないのが普通だったのだから、これからもそういう対応をする神がいていいと思わない?」
これにはヴァルカンが大きく頷いて、横からゲブに頭を叩かれていた。ほら、そうやって人前に出るのが苦手な人はいる。結慧だって本来はそう。できれば出たくないし、出なければいけないのなら最低限にしてほしい。
「んもう!強情ですわね!」
「そうではなくて…………私、正式に国外追放されてるのよ」
これはできれば言いたくはなかった。どんな言い方をしても外聞が悪すぎる。
「それに、これはあの街の人たちとの約束なの。もうあの街に、あの国には絶対に戻らないって誓ったのよ。人との約束を、私が破るわけにはいかないでしょう」
そう、なにも我儘を言っている訳ではない。外に出ないのではなく出られないのだ。
人と神との約束、契約だから。それをねじ曲げたり私情を挟んだりはあってはならない。
「……真面目……」
「貴女がそう言うのは分かってましたよ」
「だったら、」
「だから、貴女の弱点を教えて貰って来たんです」
「ヘェ、"無敵の女王"サマにも弱点があるって?」
弱点。
弱点って、何? 教えて貰ったって一体誰に
「はい、こちらです」
ネレウスが取り出した一枚の紙。それは
「"最終決裁がおりた正式書類"、です」
「そ、ッ……」
そんなのが弱点だと思われてるの!?
誰に? いや、それより何の書類?
場合によっては確かに、逆らえない事も……無きにしもあらず……かも……?
「はぁ?」
「ええー……」
「……大人って……大変……」
「でも確かに効いてる?のか……?」
ネレウスから書類を受け取って目を通す。国外退去の取り消し状。ご丁寧に国王のサインが入っている。それを上から順に
「不備などありませんよ」
「……癖で、つい……」
辿っていた視線を外す。長年の習慣はなかなか抜けるものではないらしい。
「それからこちらが」
「まだ何かあるの……」
ネレウスに促されたアストライオスが指をパチンと鳴らす。目の前に大量の紙の束が出現した。
「人間からの署名だそうだ。そなたとの約束を破棄する合意のための」
紙の一枚一枚に沢山の文字。それが山のように積み上げられている。いったいどれだけの名前が書かれているというのか。
「そしてこれが、この署名の代表者たちだ」
そこには見慣れた名前が見慣れた文字で書かれていた。六つ並んだその名前の横には、それぞれメッセージが添えられていた。待ってる、とか、また一緒に仕事しようだとか。
「……弱点がどうとか言ったの、この人たちでしょう」
「ふふ、はい。そのようです」
「……もう、」
力が抜ける。あの人たちは、毎日遅くまで残業しながらこんな事をしていたのか。
結慧のために。
「皆、待っているのだ。強く美しい己の信ずる神を。仲の良い友を」
「? 恋人じゃないのか?」
「ウトゥ、貴方はデリカシーというものを覚えなさい」
「とにかくこれ以上は意地の張りすぎだ」
「そうそう、観念しちゃいなよ~」
視線を落とす。手の中にあるそこに書かれた文字に。彼の、ウィルフリードの名前の横に添えられた言葉に。
――――今夜、
「……なぁユエ。この世界は生まれ変わったんだ。お前のおかげで。それなのに、お前だけがまだ前の世界に取り残されたままなんだ」
ウトゥの声に顔をあげる。太陽の色の瞳とぶつかる。
「お前だってもう、好きに生きて良いんだぜ!」
あの日の朝日と、同じ色。




