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3-10


「さあどうぞ、温まりますよ」

「ありがとう」


 ドロリスが湯気のたつ紅茶を置いてくれる。そこにミルクと砂糖をひとつ。口に含んで少しの甘さにほっと息を吐く。固まった肩と首が解れていく。


「今度は何をしていらっしゃるの?」

「同意書を作っているのよ」


 神、もしくはそれを継ぐ者の三分の二の同意。これは口頭でも良いらしいが、何かあった時のため。そして、そういう大切な事は文書で残して証拠としてとっておきたい会社員の性。


「ここに署名をしてもらえば、誰が見ても分かるでしょう」


 十ある署名欄にそれぞれのサインを。偽造を疑われた時のため、サインの横には神紋を入れて貰うようにすれば。向こうの世界で廃止の傾向にある判子だけれど、こういう時には役に立つ。


「本当は署名欄をもっと増やしたいのだけれど」


 彼らの誰からも親たちの、つまり現在の神たちの話題が出ないという事は、そういう事なのだろう。


「歳を取ると誰でも保守的になるものです」


 スミティが向かいに座りながら言う。

 いつもの使用人室、ここでならばスミティもドロリスも結慧と一緒のテーブルにつく。最初は遠慮していた彼らも自然に座るようになってくれた。

 この使用人室と寝室。皆が来るようなら応接間。今はその部屋しか使っていない。玉座や執務室ももちろんあるけれど、結慧がそこを使うことはない。

 広くて寒々しい場所よりも、暖かくて二人のいる小さい部屋の方がずっといい。いつの間にかすっかり寂しがり屋になってしまった。


「これ、反対されるかしら」

「何も言ってこないのなら大丈夫でしょう」


 結慧の手元にある資料はアストライオスとネレウスが纏めてくれたもの。太陽神の交代と平行して進めているそれは、ルールの見直し。神たちの中での序列と、徹底した秘密主義の撤廃。


 そんなものがあるから、こんな面倒な事になったのだ。


 太陽神以外は自由に月神を訪ねられないからこそ起こった事件、遅れに遅れた発覚だった。生き残っても誰にも話すことが出来ないから、助けすら求めることができなかった。

 もしも、誰かが様子を確認しに来れたのなら。助けてくれと誰かに言えたのなら。

 誰もこんなに、苦しまずに済んだのに。


「若い力に期待しているのですよ」


 神たちが何も言ってこないのなら、それはきっと見守っているから。歳を取り、腰が重くなった大人にはとてもできない発想力と行動力を。


 次の時代を担う若者たちの作る、新しい世界を。


「さあ、もうそろそろ。あまり根を詰めるものでもないですよ」

「分かっているのだけど……手を動かしていないと落ち着かなくて」

「ユエ様は本当に働き者ですこと」

「だって今までずっとそうだったのよ」


 今はまだ十九時。この時間はまだ働いている事の方が多かった。向こうの世界でも、こちらでも。


「じゃあユエ様のお話をお聞かせ下さいな。この間はあちらの世界での事を聞きましたから、今度はこちらに来てからの事を」

「ええ?」


 手元の紙たちはさっさと横に寄せられてしまう。残ったのはまだまだ熱いミルクティーだけ。


「秋くらいからティコの街にいらしたのでしょう?冬至祭の広場の飾りはご覧になりました?」

「ああ、あれ実はね……」


 月の宮殿、使用人室の暖炉前。ここでの時間は今までよりもずっとゆっくりと進む。





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