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「おはようございます、ヘカテー様」
「おはようございます。ごめんなさい、だいぶ寝坊してしまったわ」
「疲れていらっしゃるんですよ」
翌朝。起きて時計を確認して驚いた。こんなに寝坊したのはいつぶりだろう。会社であれば遅刻確定。走ったところで始業に間に合わない、そんな時間だった。
急いで身支度を整えて部屋を出れば、そんなに急がなくてもいいと優しく笑われてしまった。
ドロリスに作ってあったものを温めてもらい、三人で少し遅めの朝食をとる。二人とも食べずに待ってくれていたみたいだ。
「夜にね、ウトゥが来ていたのよ」
「ウトゥ?」
「太陽神の息子」
かしゃん、とドロリスの手からカトラリーが落ちた。スミティもポカンと口を開けている。
「何もされませんでしたか!?」
「ええ、話をしただけよ」
「よかった……!」
太陽神の息子というだけで随分な反応だけれど仕方がない。二人にとって太陽神とは恐ろしい存在だろうから。
昨日話した事を二人へと伝える。太陽側であった事を。太陽神の思惑を。ウトゥの決意を。
「信用できますか、その男は」
「ええ。大丈夫だと思うわ」
「……そうですか。ヘカテー様がそう仰るのなら」
いつの間にか食事が終わり、紅茶が出てくる。それにミルクと砂糖をたっぷりと。なんとなく今日は、そういう気分。
「それとね、もうひとつ。これは私からのお願いなのだけれど」
「はい、なんでしょう」
「私の事、ユエと呼んで欲しいのよ」
あちらの世界での事をかい摘まんで話す。孤児だった事も、一般人として仕事をして生きていたことも。スミティとドロリスは驚いていた。どうやらもっときちんとした生活ができていると思っていたらしい。流石に家と会社の往復生活は想像していなかったようだ。
結慧がこちらの世界の事を知らないのと同じで、二人だって向こうの世界の事を知らない。
「今ある問題を全部解決できたら、どうするか考えるわ。だから、お願い」
ヘカテー。ギリシア神話における月と魔術の女神。
神には倒せないはずの巨人を松明ひとつで殴り飛ばした、無敵の女王。
その名を名乗る勇気も覚悟もまだ、ない。
今はまだ、ただの月のままがいい。
「ええ、わかりましたユエ様」
「本当は様だっていらないのよ」
「それは流石にご勘弁を」
三人で顔を見合わせて笑う。寝る間際にベッドの中で考えていたことを話せて少しすっきりした。
「ああ、それから。次からは何かありましたらお呼びください。その為に我々がいるのですから。あなた様に何かあっては大変どころの騒ぎではないのですよ」
「そうですよ、夜に男性を部屋に入れるなどとんでもない!昼間でも二人きりになるなどいけませんのに」
「それウトゥにも言われたわ」
「絶対でございますよ。お約束くださいませ」
「ええ。ごめんなさい、もうしないわ」




