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「私は貴方が羨ましいわ」


 それは素直な気持ちだった。するりと自然に、喉から滑り落ちた言葉。

 今なら話せる気がした。今話さなければならない気がした。聞いてほしいと、初めて思った自分の事。


「私は、私が誰なのか知らないの」

「君は……孤児だったね」

「ええ」


 ウィルフリードは結慧の過去を知っている。オシアスが過去を見て、それを聞いた。治療のためとはいえ、と頭を下げられた時にはびっくりしたけれど。


「私は貴方のような揺るぎないものを持っていない」


 根本とか、根元とか。そういうものをまるで持っていないからいつだって宙ぶらりんでふらふらと浮いたまま。

 大切だと思えるもの、自分だけの宝物、そういうものを持ったことがないから全部どうだってよく思えて。

 全部どうだっていいから、どこにいたって同じに思えて、結局どこにも居場所がなくて。

 居場所がないなら、いる意味はなくて、自分が存在している意味すらなくなっていく。自分がどんどんぼやけていって、


「私が誰なのかが分からないの」


 初めて誰かに話した心の内は、風の音にも負けそうな小さな小さな声だった。話している内に泣いてしまうかと思ったけれど、特段そんなことはなく。

 ただ、ウィルフリードがどんな顔でこれを聞いているのか。それを見るのがなんだか怖い。


「……俺はね、君が思ってるような人間じゃないよ」


 降ってきた言葉に思わず顔を上げれば、何故だか困ったような顔がそこにあった。


「俺は酷い奴なんだよ」

「そんなこと」

「君が向こうの世界には何もないって言った時に……少し、安心したんだ」


 君がこんなにも悩んでいるのにね、と。

 困ったような、泣きそうな、そんな顔で。


「だって、それなら君は向こうの世界に絶対に帰りたいって訳じゃないだろう?」


 家族もいない、友達もいない、大切なものもない。

 それなら、帰らなくったっていいだろう。

 それなら、


「……ここにいてよ」


 腕をとられる。くるりと何か巻かれて、ぱちんと留まる。しゃら、と小さく高い音。細いブレスレット。


「この国ではね、冬至祭の日に大切な人にムーンストーンを渡すんだ」


 細いチェーンについた、乳白色の石。月の光を固めたような、優しい色の石。

 ――大切な人。


「こっちで暮らさない?この先、ずっと」


 大切なものも、居場所も、根本も。そんなものはこれから作っていけばいい。

 自分が誰かは、これから自分で決めればいい。

 この街で、


「――できれば、俺と」


 一緒に。


「君が好きなんだ」


 向こうの世界になんか、帰したくない。


 

 息を飲む。

 ウィルフリードの綺麗な顔が近づいてきて、街の灯が陰る。吐息がかかる程、すぐそばに彼の蜂蜜色の瞳。

 とろりと溶けそうなくらい甘くて、熱くて、


 唇が重なる。




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