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布団とシーツ、カーテン。テーブルとラグ、本棚。ソファは気に入ったものがなかったからまた今度。
食器に調理器具、掃除用品。消耗品。
「本当に助かりました。ありがとうございます」
「うん。でもまだ暫く使うだろうから持ってなよ」
オシアスに借りた大型の魔法鞄。購入した家具が全部入って部屋まで楽々持ち帰ることができた。
魔法ってすごい。
「今日は何を買ってきたんだ?」
「食料品とか調味料とか。あと服を少し」
「とりあえず必要なものは揃えられたかな」
昨日と今日で買い物をして、それをウィルフリードに手伝ってもらいながら配置して。元の世界だったら随分と疲れるその行為も、こちらでは半分ほどの労力で終わってしまった。
魔法ってすごい。
全部片付けて、今はオシアスの店にやってきている。貸してくれた魔法鞄を返すのと、この世界の宗教、神話についての話を聞くためだ。
「でも、良かったんですか?お仕事中に」
「いいのいいの、いつもお客さんいないから」
「ウィルが言うことではないけど、そうだな。君たちがいるうちは誰も来ないよ」
からからと笑うウィルフリードにきっちり突っ込みをいれるオシアスは、きっと今日の来客数も分かっているのだろう。
ウィルフリードにはブランデー、結慧には果実酒が目の前に置かれる。夜になって寒かったからホットでいれてもらったカップからは、柔らかい湯気とともに甘い香り。おいしい。
「じゃあ話そうか。どこからがいいかな」
――――この世界には十人の神がいる。
太陽と月、そして大地、海、星、火、水、風、樹木、花。
それぞれの神は国ごとに信仰されている。大地の国は大地神を、海の国は海神を。
その中でも太陽神と月神は二大神と呼ばれ、別格扱い。太陽の国と月の国はもちろんだが、その他の国でもその国の神とともに信仰される。大地、火、樹木、花の国では太陽神を。海、星、水、風の国では月神を。
「つまり、国ごとに信仰対象は違うけれど大元の宗教はひとつという事ね」
「そうだね。ユエちゃんのところは違ったのかな」
「国ごとに宗教自体が違ったり、同じでも解釈が違ったり……」
「それ……喧嘩にならない?」
「戦争ね」
こちらの世界でも、戦争とまではいかないが争い事は度々起こるらしい。
「アレ面倒なんだよね……起こったらうちの部署モロに影響食らうから」
「え、やだ」
「数日間は残業確定だよ」
どこの世界でも人間がやることは同じらしい。
「大昔には神が先導して争ったこともある」
「先導って……あ、こっちでは神様と話ができるんですよね」
「そっちでは?」
「そんな事言ったらヤバい新興宗教だと思うわ」
神の仕事は大きく二つ。
一つ目はそれぞれの象徴物、例えば樹の神なら樹木を、花の神なら草花を管理すること。二大神の場合は太陽と昼の時間、月と夜の時間になる。
そしてもう一つの仕事は自身の国を治めること。とはいえ、実際に考え動くのは人間がやること。神はそれを見守り、時に指示を出す。
「それは……王様とは違うのかしら」
「あ、そっか。そこ説明してなかったね」
こちらの世界の世の中の仕組み。ウィルフリードやオシアスにとっては常識すぎてわざわざ説明するという考えにもならない。こういう事は結構ある。
まず頂点に神。その下に国王。さらにその下に教会の大司教と政治のトップである宰相が同列で続く。
神の言葉を聞くのは、他に同席する者もいるが主にこの三人。これは神の啓示の偽装防止のためでもある。
順序としては、まず神から教会へ託宣がある。神の啓示は教会の儀式の中で行われるためだ。
それから三人が召集され、儀式を行い啓示を聞き対応を協議。もちろん、その逆で人間側から神へ奏上することもある。
「なんていうか……事務的だわ……」
「そうかもね。まぁこれはうちの国の場合だけど。他の国もそこまで変わらないと思うな」
「というか……神様ってやっぱり実在する人物ってことなんですか?」
「それは当然そうだよ」
神は実在する。
神話の昔からある神の家系は代々受け継がれ、この世界のどこかに存在する神殿で暮らしている。
誰もその姿を見た事はないけれど、その容姿の特徴は聖書に書かれてある通りで代々変わらないらしい。
「どうやって生活してるのかしら」
「それは分からないけど、月神様に関する予算は毎年国から出てるよ」
「国家予算に組み込まれてるの……」
実は案外近くにいるのかもしれない。
それはそれでロマンなのだけれど、向こうの世界で生きてきた感覚からすると神秘性が足りない。
「神殿はこれだ。いるんだよ、たまに神の元に迷い込む人間が」
オシアスが本のページをぱらりと捲る。その迷い込んだ人の話を元に描いた絵が載っている。
それは、神殿というよりも城。
天に聳える荘厳な建物。絵だというのにその大きさが窺える。正面には立派な門が建っており、その中央にはレリーフ。
「これは?」
「月神様の神紋だね」
人間の場合は魔法紋という。魔法を使うときに現れる紋章で、魔方陣の中心に刻まれる。大規模な、それこそ魔方陣を発動するような魔法でないと浮かび上がらないので生涯自分の魔法紋を知らない人間が大多数。そしてこれは一人一人違うもので、たとえ親子であっても同じものはない。
ただし、神の場合は別だ。
代々同じ神紋。その紋を使う者こそが神であり、神を継ぐ者なのだ。
(これ、どこかで)
既視感。
月を模したのであろう複雑な形。まるで曼陀羅のようなそれは
「あ、もしかして中央教会にこれあります?」
「あるよ。祭壇のレリーフがそう。良く分かったね」
本の挿し絵は潰れてしまってよく分からないけれど、確かに教会のレリーフと同じだ。それで見たことがあったのね。
「ということは、容姿の特徴と神紋で神様と判断するのね」
神の家系に生まれても、容姿と神紋が揃わなければ後継者になれない。そういう事もあるのだろう。
「それもあるだろうけれど、やっぱり神は人間とは違うものだと思うよ」
人間のような姿をしていても、何かが違う。
それはきっと、魔力だったり雰囲気だったり。
結慧の瞳を見つめ、微笑みながらオシアスがそう呟いた。




