2-32
退院して三日目。社宅での生活はとにかく快適。
一人きりになれる空間というものの大切さが身に染みる。今まではカーテンで仕切られていたとはいえ、常に誰かの気配があった。それがなくなるだけで、こんなにもストレスから解放されるのか。
貸し与えられた社宅は住宅街にある。役所からはそれなりに離れているけれど、おかげで結構な広さがある。間取りは1DK。結慧はベッドルームと食事スペースをできれば分けていたいので、これには思わず大喜びしてウィルフリードに笑われた。
しかも家具と魔道具付き。
フライパンなどの調理器具は買わなければいけないけれど、コンロや冷蔵庫、向こうの世界で言うところのオーブンレンジまでついている。
ベッドはあったが布団は事前にウィルフリードが用意してくれていた。カバーは好みが分からなかったから、と明日の休みに一緒に買いにいってくれるらしい。
いいのかな、と思う。
こんなに良くしてもらって、いいのかしら。
陽菜たちがいなくなった。それを聞いた時に沸き上がった安堵。
彼女たちから解放される事と、もうひとつ。
それは、向こうの世界に戻れる可能性が低くなった事。
陽菜たちと一緒にいたのは向こうに戻るためだった。戻るには魔法が必要で、それは結慧一人のために使われる事は絶対にないもの。陽菜が帰るその時に、一緒にいることが絶対条件だった。
戻りたいかと問われれば、戻りたいと思う。
向こうには生活基盤があって、慣れきった生活様式がある。今後の不安は少ないし、魔法なんていう未知のものに戸惑うこともない。
けれど。
戻らなくても良いかと問われれば、戻らなくても良いと思う。
向こうには何もない。大切な人も、大事なものも。突然消えた結慧を心配してくれる人もまた、いない。
どちらでも良いと思うから決められなかった。
どちらでも一緒だと思うからどうでもよかった。
自分で決められないから迷子のように立ち竦んで、
手を引いてくれる人もいないからただ俯いて。
選択の余地がなくなってやっと決まった道。
その道は綺麗に舗装されて、驚く程歩きやすい。
こんなに甘えて、いいのかしら。
こんなにしてもらって、私は何かを返せるかしら。
あの人にそう言えば、きっと笑って首をふるだろう。俺が勝手にしたことだから、気にしなくて良いよ。きっとそう言うのだろう。
窓から入る風が、開いたままの本のページをひらりと捲る。
そういえば、こんなふうにのんびりと趣味に浸る時間が欲しいっていつも思っていたんだっけ。こんな形で叶うなんて思ってもみなかった。
相変わらず、窓から見える空は薄暗い。
太陽が昇らない秋は寒く、換気のために開けていた窓を閉める。
本格的に寒くなる前に厚手のコートを買わなくちゃ。まだ生活感の乏しい部屋は、きっとこの先色々な物が増えていく。
ここが居場所になればいい。
ここを居場所にできたらいい。
ここに、いたい。
いつか心の底からそう思えたら、いい。




