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2-11


「けど、どうして俺は魅了が解けたのかな」

「そういえばそうですね」

 

 陽菜が自ら解いたとは考えにくい。そもそも、彼女は魅了を使っていることすら理解しているのだろうか。魅了を使い、なおかつ結慧を嫌わせる、なんて。

 たぶん、そんな事するような子じゃない。

 

「ユエちゃん、何かした?」

「私ですか?いえ、変わった事は何も」

「ウィル、魅了が解けたと思うのっていつだ?」


 今度はウィルが顎に手を当てて考える。

 昔からの友人というのは仕草も似るのだろうか。


「……今日、いや、昨日?」


 昨日って何かあったかしら?

 今日の出来事を思い出そうとしている結慧の横で、男二人は「昨日の今日で飲みに誘うって……」「いいだろ別に」とコソコソ。


「何があったか話してみてよ」

「陽菜ちゃんが出社してからですよね?彼女、昨日は昼休憩の直前に来て」

「それは社会人としてどうなんだ」

「聖女様だから仕方ないとしか思わなかったねその時は」

「そのあとは自分の仕事を飽きたって放り出して、私の仕事に手を出してきて」

「子供か?」

「それもやりたいようにやらせればいいと思ってたね」

「ストレスたまって給湯室に逃げてたら、皆にお茶を淹れるんだって言って……私が淹れて、あの子は配っただけですけど」

「ああ、アレそういう事だったんだ」

「はい、でも皆さんにお茶を、なんて私には思い付かないわ。他人に淹れさせるのはどうかと思うけれど、彼女の気遣いですよ」


 そう、あれは紛れもなく陽菜の心配り。

 皆お疲れだろうから、なんて結慧は思ったところで何かしようとはしない。陽菜はそれを思って、きちんと行動に移そうとする。そういうところは凄いと思うし、見習うべきところ。

 やり方は置いておいたとして。


「それだね。より魔力の高い者が作ったものを体内に取り込めば、術が解けることがある。この場合はユエちゃんが淹れたお茶ってことだね」

「私、魔力高くないですよ?」


 きちんと測ったもの。太陽教会で。

 陽菜の魔力は測定器が壊れるほどあったけれど、結慧は一般人並み。これは陽菜もルイも、もちろん結慧も目で見て確認している。


「けどソウマさん、龍見えたんでしょ?」

「それはそうですけど」

「龍なんてかなりの魔力持ちじゃないと見れないよ。それこそ聖女でも見えるかどうか」

「そんな、だって」

「その眼鏡、魔道具だよな?」


 畳み掛けるように言うオシアスに、言葉がつまる。

 眼鏡が。魔道具。


「違いますけど……?」

「いや違わないって。絶対そうだから」

「だって、これ向こうの世界で量販店で買ったものなのよ。それにあの世界、魔法なんてないもの」

「魔法がなくても、魔力はあるんだろうな。もしかしたら魔力じゃない別の名前かもしれないけど」


 オシアスによると、魔力がない人間は別の世界に移動したところで魔力なし。場所が変わったからといって生まれるものではないらしい。

 

「その眼鏡は魔力を……いや、違うな。ユエちゃんの能力を抑える力がある。そしてそれを作ったのは君自身。買ったものに君が魔力を注いで作ったんだ。無意識だったかもしれないけど」

「私が、本当に?どうして?」

「必要だったから」


 能力を抑えなければならなかった?

 私が、なんのために?

 なんの変哲もない、よくある黒ぶちの眼鏡。休日にチェーン店で買ったもの。それを魔道具だなんて言われてもいまいち実感なんてない。

 分からないから眼鏡を外そうと手を伸ばす、けれど。


「エンデさん?」

「あー、いや……」


 その手を掴まれて止められた。

 ずれた眼鏡の先に見えるウィルフリードのバツの悪そうな顔。目をそらして、あーとかうーとか唸るばかりで一向に言葉が出てこない。

 それを見て大笑いしているオシアス。何がそんなに面白いのか、涙まで浮かべて。


「能力を抑えるって言ったけど。それだけじゃなくて君の持つ魅力も抑えてるんだよね、その眼鏡」

「はぁ……?」

「つまり、眼鏡をとったらユエちゃんが美人なのが皆にバレるんだよ」


 独占欲だよ醜いね、なんて言ってまだ笑う。

 その言葉の意味は理解できないが、続いた「ユエちゃんは本当に目立ちたくなかったんだね」という言葉には心当たりがあった。


 ああ、それは。

 それなら本当に、この眼鏡をそういうモノに変えたのは自分なのかもしれない、と。


「冗談はさておいて。その眼鏡、本当に人前でとらないほうがいい」

「どうしてですか?」

「ユエちゃんの真っ黒な髪と瞳。それはあんまりにも目立ちすぎるから」

「そういえば……言われてみればそうだね。これも眼鏡の効果なのかな?」


 首を傾げる。そういえば、以前リュカにも黒い髪と瞳がどうのと言われたような気がする。


「聖女のような例外を除いて、魔力が高ければ高いほど髪と瞳の色は濃くなる」


 聖女は神の使いだから、その神を象徴する色を持っている。たとえば、陽菜の色。太陽のように金色に輝く髪、澄んだ青空のような瞳。その色の組み合わせが聖女の証。だからいくら魔力が高くても例外。


「俺みたいな紺、それから紫、グレー、臙脂。濃い色もたくさんあるけど唯一、黒だけはいない」


 それは、月神様の色だから。


「月神様の……聖女の色?」

「月の聖女は月の光を集めた銀色の髪に星空のような輝く瞳だといわれている。真っ黒なのは、月神様本人」

「そう言われても……元の世界じゃ普通の色なのに」


 黒髪と黒目。日本人であれば普通の色。

 確かに結慧はどちらも漆黒といえる程で、ここまで真っ黒なのは珍しいかもしれない。それは陽菜もそう。金髪碧眼は珍しいが、いることはいる。


「世界が変われば常識も変わるからな。目立ちたくないなら隠した方がいい。幸い、ユエちゃんにはその手段がある」

「うん、実際俺はオシアスが言うまで君の髪と瞳の色は気付かなかったよ」


 つまり、この眼鏡。

 魔力値を下げ、顔を隠し、印象を薄ぼんやりとさせる。かけるだけで通行人Cくらいの存在感になれるということらしい。

 知り合いになればそりゃあ覚えられるけれど、特筆すべき特徴のなにもない、AでもBでもなくC。 

 

「……すごいのね、この眼鏡」


 君が作ったんだよ、とウィルフリードもオシアスも笑った。




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