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「何の騒ぎだ」
その時、開け放たれたままの扉からよく通る声がした。
目を向けてみれば、そこに男性が一人。三十代半ば、働き盛りの頃だろうか。襟のついた白く清潔なシャツに細身のベスト、ピシリと折り目のついたまっすぐなズボン。多少の飾りはついているものの、元の世界のサラリーマンとほぼ同じような服装。
なんだかとっても懐かしい気がする。真っ青な長髪に目を瞑れば。
「宰相様!こちら、太陽の聖女様です」
「はじめまして、陽菜で~す」
「月の国の宰相をしている、ラルド・エクスタインだ。……太陽の国の聖女殿が何故こちらに?」
「月神に太陽を返してもらおうと思ってぇ」
「……月神様への奏上があるという事か?それならば今は無理だ」
「俺たちは太陽神様の代理として来たんだぜ?大司教が何してるかなんて知らねぇが、とっとと呼び戻せねぇのかよ」
「大司教に取り次ぐのなら事前に連絡をするのが筋ではないのか?礼を失しておいてその言い草とは、太陽神の名代の名が泣くぞ」
初対面にしてこの険悪さ。確かに聖女ご一行様は態度が悪いけれど、これはそれ以前の問題もあるのでは。太陽の国と月の国って仲が悪いのかしら。
しかしそんな雰囲気をものともしない強者がひとり。
「ねぇねぇ、ラルドさんも月神を信じてるのぉ?」
「信仰という意味でなら、そうだ」
「ならあたしが救ってあげる!悪い神様のところになんかいたらダメなんだからぁ。こんなところ、出てっちゃおうよ」
「は?」
「あの人たちももうここから出るってぇ」
「はぁ?」
陽菜はラルドに腕を絡めながら上目使いでにこりと微笑む。腕だけではなく、触手も絡めているわけだが。
「お前たち、それは本当か」
「はい、私たちは太陽を奪うような神にはついてけません!」
「俺たちは騙されていたんだ!」
口々に言う神官たちをラルドは眺め、はぁ、とひとつため息をついた。
「出ていくにしても除名には上司の、中央教会ならば大司教の承認がいる。いずれにせよ今は無理だ」
「そんな!」
「それがルールだ。除名には書類の提出もある。そちらを先に済ませておけ」
「えぇ~?そんなことしなきゃいけないのぉ?嫌がってるのに、出ていけないなんて可哀相……」
「聖女であるヒナがこう言ってるんだから手続きなんてどうだってよくない?これだから月の国の人間は頭が固いって言われるんだよ」
「そうですね。信仰心による行動をお役人に制限されるというのは、聖職者である私としては見過ごせるものではないですね」
「もう一度言うが、これはルールだ。個人の都合による変更は認められないし、太陽の聖女や聖職者が月教会の規程に口を出す権限はない」
……驚いた。
あの人にもきちんと触手は絡まっているのに、陽菜の言いなりにならないなんて。そんな人は初めて見た。見かけによらずとっても、神官たちよりも実は信仰心にあついのだろうか。
もしくは、仕事に対して厳格であるか。
そうでなければあんなに若くして宰相など勤まるわけもない。触手による陽菜への好意よりも、仕事のほうが勝ったのか。それはなんというか、なかなかにワーカーホリックだ。仕事が恋人というタイプ。
「大司教が戻ってくるまでには一ヶ月ある。聖女たちはそれまで旅の疲れを癒しているといい」
「えぇ~!?一ヶ月もあるのぉ?」
「それはかなり長いですね……ああ、そうだ」
ルイがこちらを見て嗤う。うわ、すごく嫌な予感。
「ただ待たせて頂くというのもなんですから、あちらの女をあなたの元で働かせましょう。旅の上ではお荷物で役立たずですが、お茶くみくらいならできるでしょう」
「そりゃいいな。あんな邪魔なやつでも何かの役にたててくれよ。俺たち四人はその間羽を伸ばすからさ」
「ちょっと」
ずいぶんな物言いでずいぶん勝手なことを言い出した。しかも完全なる嫌がらせのつもりで。先ほどからまったく相手にされていないのを腹に据えかねているのだろうが、それにしても勝手すぎる。
けれどそんなこと、触手も絡まってるし断られるに決まって……
「えーー!結慧さんお仕事するのぉ?じゃああたしもやるぅ!」
「いや、ヒナはいいんだぜ、ゆっくり俺たちと……」
「ううん、一ヶ月待ってるだけなんて暇だもん」
「あなた本気?」
「うん!結慧さんと一緒なら楽しそぉだからぁ」
めんどくさ!
ああ、でも男共が沈んでいるのは見てて楽しいわね。陽菜の行動なんて誰も予測できないから仕方ない。あとは結慧を嫌って断られる可能性にかけたいところだけれど。
「……では、聖女殿とそこの女。明日から仕事を頼む」
「はぁーい!やったぁ!」
陽菜がいる限り、断られないのよね。
「猫の手でも借りたいくらいだったから助かった。こちらの人手不足をご存じで、なおかつ聖女殿という逸材をお貸し頂けるとは太陽教会は慈悲深いのだな」
触手が巻き付いているラルドは、これ幸いとばかりに承諾してしまう。結慧は陽菜の餌としてのご用命だろう。ラルドとは明日、役所の前で待ち合わせることとなった。陽菜とは宿が違うからその前に落ち合って、一緒に行くつもりだ。
仕事、という言葉に感じる不安と緊張、少しの期待。
毎日毎日、あんなに遅くまでしていた仕事はやっぱり負担で。こちらに来て暫くは働かなくていいなんてちょっとラッキーかも、なんて思っていた。
けれど、どこか落ち着かなくて。
働くのは嫌いじゃない。だから、少しだけ楽しみだ。
どんなことをするんだろう、できるかな、今までの経験を生かせるかな。
それでもしこの世界でできることがあったら。居場所をみつけられたら。
そのときは。




