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もう大通りを歩きましょう、と言いたいところだけれど、言ったところで聞き入れられるとは思えない。
こんな通り、早く抜けたいのに。こんなに暗くて、ジメジメして。それになんだかとても嫌な空気。
そうしてはたと気づく。暗過ぎる。
夕方とはいえ、まだ辺りは明るかった。太陽はもともと出ていないけれど、道を一本入っただけでこんなにも暗くなるものかしら。さっきからやけに落ち着かない。どうしてこんなに空気が冷たいの。
足元にひやり、通り抜ける冷気が
「ッ聖女様!」
前方でルイが叫んだ。陽菜の腕を掴んで引き寄せ、何事かを捲したてる。呪文詠唱。彼らの足元が光ってくるりと円を描いた。
その隣、クロードが剣を抜く。その大剣には一点の曇もなく。薄暗い路地にあっても陽光のように晴れやかに、けれどもぎらりと獲物を狙って輝いている。
「な、」
いったい何が起こっているの?
しかし言葉は喉に貼り付いて出てこなかった。
彼らの視線の先。奥まった路地の、さらに奥。そこだけが異常に暗く淀んでいる。闇を煮詰めたような闇。光も通さぬ漆黒が、ぽかりと口を開けている。
そこからぞろりと、何か、あれは、獣の、脚?
「炎よ!」
灼熱。リュカの鋭い声は凍える空気さえ焼き払って、出てこようとしていた何かにぶち当たる。それを出した本人は正反対の冷静さで闇を見詰めている。
いまだ、蠢く闇を。
闇が膨れ上がる。一気に質量を増したそこから出てくる獣のようなもの。一匹、二匹、
「全部で六体か。余裕だな」
言うが早いか、クロードが走り出す。大剣を持っているとは思えないほどの速さで一体に近づき真正面。間合いの内。けれどそれは向こうも同じ。
僅かに体勢を傾けて飛び掛かってくる軀を躱し懐へ。一閃。振り抜かれた銀色が闇色の毛皮に喰い込む。ぐずりとめり込んだ刃が肉を裂き、それでも止まらずに獣の軀が宙を舞う。べちゃり。壁に叩きつけられたそれが飛び散らせたのは、まるで墨のような色の何かだった。
「めんどくさ。すぐ終わらせよう」
リュカが杖を掲げる。滲み出た魔力がローブを揺らす。紫色の髪が踊る。練られた揺らぎは陣となり、複雑な模様がリュカの周りに浮かび上がって淡く光る。
「消えろ」
詠唱など不要。強力な魔法陣から生み出された光が、闇でできた軀を貫いた。断末魔をあげる暇すら与えられずに獣が消滅していく。
クロードとリュカ、それぞれが三体ずつ獣を倒した。あっという間の出来事だった。まるで慣れているとでも言うように。突然出てきた獣、剣と魔法による戦闘。そのすべてが初めての結慧はまだ動くことができずにいた。だって、こんなの。日本で起こるわけもなく。それにこんな危険なことがあるなんて話は一度もーーー
「結慧さんッ!!」
陽菜の叫び声。気付いたのは同時。それが結慧に狙いを定めたのもまた、同時。
薄くなった闇から転げ落ちた最後の一体がその脚に力を込め、結慧に向かって飛びかかろうとし、て、
「光の刃よ!」
「!!」
ざん、という音とともに黒い軀は地に縫い付けられ、それをクロードが剣で斬りつけた。ごとり、頭が落ちる。墨色がどくどくと流れ、石畳を汚していく。
「結慧さん!大丈夫!?」
「ーーー……ええ、」
腰が抜けた。へたり込んで動けない結慧に駆け寄ってきた陽菜がぎゅ、と手を握ってくれる。その手がひどく冷たくて、顔をあげて陽菜を見る。
「陽菜ちゃんも、大丈夫?」
「うん、ルイさんが守ってくれてたからぁ……」
よかった。素直にそう思えた。陽菜の血の気が引いて、元々色が白い顔はさらに色をなくしていた。今にも泣き出しそうな、そんな顔。
ああ、きっと私も同じ顔をしているわね。
震える手と手を重ねて、深く息を吐いて。
落ち着け、落ち着け、大丈夫。
「リュカさん、クロードさん。ありがとうございました」
「別にお前のためじゃねぇ。死なれたらヒナが悲しむだろうからな」
「…………そうだね」
だんだんと温まってきた手。脚に力を入れる。
うん、もう大丈夫。
「陽菜ちゃん……こういうの、聞いてた?」
まだ震えて結慧に縋る陽菜になるべく優しく問いかける。ふるりとひとつ、横に振られた首。そう、とだけ小さく返す。握った手に少し力を込める。
「ご説明いただけるかしら?」




