ことりの小鳥のぬいぐるみ
ことりは五さいの誕生日に、遠くに住むエリおばさんから小鳥のぬいぐるみをもらいました。(エリおばさんはことりのお父さんの妹です)
そのぬいぐるみは本物の鳥にそっくりでした。
お父さんはそのぬいぐるみを見て「精工な造りだな」と言いました。
本物みたいだ、という意味だそうです。だからことりも「せいこうなつくりだね」と言いました。
だけどことりは、本当は、宅配便で送られてきたプレゼントの箱をあけたとき、ちょっとだけガッカリしてしまいました。
ぬいぐるみの小鳥は本物そっくりでかわいらしいのですが、茶色くて、ちょっとジミなのです。
せっかく誕生日にもらうなら、幼稚園の友だちがお家で飼っているような、レモン色やさくら色のきれいな色の子がよかったのにな、と、ことりは思ったのです。
だけど、そんなことを聞いたらエリおばさんはきっと悲しいと思うので、これはことりだけのないしょの話です。
「ことりの小鳥は、なんていう種類の鳥なの?」
ことりはお父さんとお母さんに聞きました。
エリおばさんはぬいぐるみとバースデーカードを送ってくれましたが、そこに鳥の種類は書いていなかったのです。
ことりの小鳥の体の色は茶色で、おなかの周りはまっしろです。でも、おなかの上のほうには茶色い点々のもようがあります。
そして、目の周りとクチバシは明るい茶色で、足はオレンジ色です。
「スズメかしら?」
お母さんが言いました。
庭によく来ているスズメは、ほっぺに黒いもようがあります。でも、ことりの小鳥にはありません。
「ヒバリじゃないかな。おなかに茶色いもようがあるし」
今度はお父さんが言いました。
お父さんはことりに、パソコンでヒバリの写真を見せてくれました。お父さんの言う通り、おなかのもようがそっくりです。
「ヒバリは春になると、空を飛びながら歌うんだよ」
お父さんは動画で、ヒバリの鳴き声も聞かせてくれました。ぴよぴよ、ぴぴぴ、と、かわいい歌声でした。
ことりの誕生日は夏のはじめなので、ヒバリが歌う春はもう過ぎています。
だから、外で聞けるのは来年だね、とお父さんは言いました。
(ことりの小鳥はジミだけど、かわいい声で歌うんだ)
ことりはうれしくなって、ことりの小鳥に「はやく春になったらいいね」と言いました。
* * *
誕生日の次の日は幼稚園へ行く日です。
ことりは幼稚園へ行きますが、幼稚園にはぬいぐるみを持っていってはいけないので、ことりの小鳥はいっしょに連れていくことができません。
「おるすばんのあいだ、お空を見てて」
ことりはそう言って、ことりの小鳥を窓のそばの本棚の上に座らせました。本棚の上は窓と同じくらいの高さで、外がよく見えるからです。
ことりの小鳥はピンとまっすぐに伸びたしっぽの羽根で体を支えて、まるで本当に空を見上げているようでした。
幼稚園が終わって、うちへ帰ってきたことりは、すぐに窓辺に座っていることりの小鳥に会いにいきました。
ことりの小鳥は朝と同じように、本棚の上で空をながめていました。
「あれ?」
かけ寄ろうとしたことりは、びっくりして立ち止まりました。ことりの小鳥の近くの、窓の向こうがわに、黒い本物の鳥がいたのです。
「ことり、ちゃんと手は洗ったの?」
玄関から追いかけてきたお母さんがちょっとおこった声で言いましたが、ことりはそのお母さんのシャツをつかんで、ぐいぐいとひっぱりました。
「ねえお母さん、ことりの小鳥のそばに、本当の鳥がいるよ!」
「あら、本当。カラスかな? ふつうのカラスより小さいし、子供なのかもしれないね」
「子供のカラス?」
そのとき、ことりたちの声がきこえておどろいたのか、子供のカラスはぱっと飛んで逃げていってしまいました。
「子供のカラスは、ことりの小鳥をいじめに来たの?」
ことりはカラスがネコとケンカしているところを見たことがありました。
あんなふうにおそわれたら、ことりの小鳥なんてすぐにボロボロにされてしまいます。
「でも、おとなしくそばにいたし、本当の鳥とまちがえてあいさつしに来たんじゃない?」
「じゃあ、この子の友だちになりに来たの?」
「そうかもしれないねえ」
なんと、ことりの小鳥に、本物の鳥の友だちができたのかもしれません。
「せいこうなつくりだもんね」
と、ことりが言うと、お母さんはくすくす笑ってから「そうね、でもことり、ぬいぐるみで遊ぶ前に手を洗ってきてね」と言いました。
子供のカラスは次の日もやって来ました。
ことりは、今度はおどろかさないように遠くから見ることにしました。
子供のカラスは、ことりが知っている大人のカラスと同じように黒い体です。
だけど、ことりの小鳥と同じように、おなかの部分はまっしろで、黒い点々のもようがありました。大人のカラスは、たしかおなかもまっくろのはずです。
それに、目の周りとクチバシと足はきれいなオレンジ色で、なんだか、ことりがよく知っている大人のカラスとはあまり似ていません。
人間がお年寄りになるとかみのけが白くなるように、子供のカラスは年をとるとおなかの色が黒くなるのでしょうか。
ことりは音を立てないように、そろり、そろり、と窓に近づいて、子供のカラスをもっとよく見てみました。
ぴょん、ぴょん。
ちょっとはねて、止まって、しっぽをふりふり。
ぴょんとはねて、止まって。ふりふり。
「かわいい……」
つい声が出てしまって、ことりは自分の口を両手でおさえました。でももうておくれで、おどろいた子供のカラスは飛んでいってしまいました。
「にげちゃった。でも、かわいかったね」
ことりはことりの小鳥を手にとって、子供のカラスの動きをマネしてみます。
ぴょんぴょん、ぴたり、ふりふり。
ことりは、ふふふと笑って、お母さんに「ことりの小鳥に友だちができたよ」と報告しに行きました。
* * *
その次の、次の日は、雨がたくさん降って、風が強い日でした。
その日は幼稚園が休みだったので、ことりは朝から、ことりの小鳥といっしょに、窓のそばで子供のカラスを待っていました。
ずっと待っていることりに、お母さんが言いました。
「今日は風が強いからカラスもきっとお休みよ。ほらことり、窓のそばは寒いでしょ? こっちにおいで」
「子供のカラス、飛ばされちゃわないかなあ」
「こんなに風が強いから、きっとあの子も家族といっしょにお家にいるんじゃない?」
ほら、こんなふうに! と、お母さんはことりをぎゅっと抱きしめました。
抱きしめられるとぬくぬくとあたたかくて、ことりは自分の体が、窓のそばにいたせいでとても冷たくなっていたということに気づきました。
きっと、夜になったらもっと寒いはずです。
「今日は寒いから、ことりの小鳥も一緒におふとんで寝たいんだけど、もし風がやんで子供のカラスが遊びに来たときに、窓のそばにことりの小鳥がいないとガッカリするかなあ?」
ことりがそう言うと、お母さんは、そうねえ、と首をかしげました。
「鳥は暗いのが苦手で、夜はお家にいるのよ。だから、ことりが明日の朝、早起きして、あの子が来る前にぬいぐるみを本棚の上にもどしてあげればいいのよ」
「わかった! 早起きする!」
お母さんに言った通り、ことりは毎日ことりの小鳥とベッドでいっしょに眠り、朝は早起きしてことりの小鳥を本棚の上に座らせました。
子供のカラスが来たらすぐわかるように、幼稚園がある日は帰ったらすぐに窓辺へ行って、お休みの日は朝から窓の近くで絵本を読んだり絵を書いたりしました。
子供のカラスはというと、ほとんど毎日ことりの小鳥に会いに来て、すこしだけ歩き回って、またどこかへ飛んでいきます。きっとお家に帰るのでしょう。
そんなふうに、いつもすぐ帰ってしまう子供のカラスでしたが、よく晴れたその日はいつもとはちがいました。
つぴーつぴー、ひょろひょろひょろ。
ことりと、ことりの小鳥の目の前で、子供のカラスがクチバシをふるわせて歌ったのです。
まるでテレビで見た、楽器のフルートのようにきれいな音でした。
(これが、この子の鳴き声なんだ!)
うっかり声を出しておどろかせないように、ことりは両手で自分の口をふさぎました。
子供のカラスはすこしのあいだ歌って、そうして飛んでいきました。
次の日はくもり。
子供のカラスはその日も少しだけ歌ってくれました。
でも、近くの道路をトラックが走っていく音におどろいて飛んでいってしまいました。
その次の日は晴れ。
その次の日はちょっとだけ雨。
その次の日はまた晴れ。
その次の日も、晴れ。
……。
ことりの小鳥は毎日本棚の上で座って待っていましたが、あのトラックが走っていった日のあと、子供のカラスが窓辺にやってくることはありませんでした。
「ことりの小鳥が本物じゃないってわかったから来なくなったのかな」
「うーん、野生の動物だから、どこか別の町に移動したのかもしれないなあ」
お父さんは、野生の生き物は食べ物を探して引越しするんだよ、と教えてくれました。子供のカラスも家族といっしょに引っ越したのかもしれません。
ことりは悲しくなってしまいましたが、ごはんを探すためならしかたがありません。
それからも、ことりは毎日早起きをして、毎日窓の外をながめました。
引っ越した子供のカラスが、また帰ってくるかもしれないからです。
だけど、いちども子供のカラスがやってくることのないまま、季節は冬をこえ、あたたかい春がやってきました。
太陽がぽかぽかと気持ちのいい日、ことりはお父さんといっしょに散歩をしていました。
すると、田んぼのそばに来たとき、空の高いところから、ぴよぴよ、ぴぴぴ、と鳥の歌う声がきこえてきました。
お父さんが「あれがヒバリの声だよ」と教えてくれたので、ことりはヒバリの姿を見ようと、がんばって見上げてみました。
ことりは、本物のヒバリが、ことりの小鳥と似ているのか確認したかったのですが、ヒバリはとても高いところにいて、よく見えませんでした。
「かわいい声だね」
「そうだろう?」
ヒバリの姿が見えないのは残念ですが、とてもかわいらしい声です。
ことりの小鳥が本物のヒバリだったら、あんなふうに歌うのです。
ことりはうれしくなって「ぴよぴよ、ぴぴぴ」とマネをしながらスキップで帰りました。
* * *
それから何日もたって、またことりの誕生日がやってきました。
幼稚園から帰ってきたことりがリビングのドアをあけると、『パンッ』という音がしました。それは、パーティーで使うクラッカーの音でした。
「ことり、六さいのお誕生日おめでとう!」
そのクラッカーの音といっしょに、リビングからエリおばさんがとびだしてきました。
「エリおばさんだ!」
「ひさしぶり、ことり! 大きくなったねえ」
エリおばさんは遠くの大学で研究をしている人で、たまにしか会えません。でも、ことりは物知りでやさしいエリおばさんが大好きでした。
話したいことはたくさんありますが、だけどことりには、どうしてもさいしょにエリおばさんへ報告したいことがありました。
「あのね、去年の誕生日にエリおばさんからもらった小鳥のぬいぐるみに、子供のカラスのお友だちができたんだよ」
「子供のカラス?」
エリおばさんはふしぎそうな顔をしました。ぬいぐるみなのに、お友だちなんて信じられないのでしょう。
「そう。あの窓にね……」
子供のカラスが、ことりの小鳥にどんなふうに会いに来ていたのか教えてあげようと、エリおばさんの手をひっぱって窓辺へとかけ寄ったことりは、「あっ!」と大きな声を出しました。
窓辺の、ことりの小鳥が座っているそばに、子供のカラスが来ていたのです。
ことりはあわてて手で口をおさえましたが、子供のカラスはことりの大きな声におどろいて逃げたあとでした。
「あの子だよ! また会いに来たんだ! 見えた!?」
ことりがエリおばさんの顔を見上げると、エリおばさんは「見えたよ」とうなずきました。そうして楽しそうにくすくす笑いました。
「あの子は子供のカラスじゃなくて、クロツグミっていう鳥だよ」
「クロツグミ?」
「そう。ことりにあげたぬいぐるみと同じ種類の鳥だよ」
「えっ、ことりの小鳥はヒバリじゃないの?」
「なるほど、ヒバリにもちょっと似てるね。だけど、そのぬいぐるみはクロツグミの女の子なの。さっき窓の外に来ていたのはクロツグミの男の子だよ」
クロツグミのクロ、は黒い、という意味でしょう。
だけど……と、ことりはことりの小鳥を見ました。
ぬいぐるみの体には、黒い色なんてどこにも使われていないのです。
「ことりの小鳥は、黒くないよ? ぬいぐるみを作った人がまちがえたの?」
ことりがそう言うと、エリおばさんはまた笑いました。
「クロツグミは男の子と女の子で体の色がちがうんだよ。男の子は黒くて、女の子は茶色いの」
「へえ!」
「それとね、クロツグミの男の子はすごくきれいな声で歌うんだよ。ヒバリもきれいだけど、もっとすきとおった声で歌うんだ」
エリおばさんに言われて、ことりは前に子供のカラスの歌声を聞いたことを思い出しました。
「知ってる! つぴーつぴー、ひょろひょろひょろ、でしょう? あの黒い子が歌ってるの聞いたことがあるもん」
「へえ、じゃああの子は、ことりのぬいぐるみに恋してたのかもね」
「恋!?」
「うん。クロツグミがきれいな声で歌うのは、女の子に告白するためでもあるんだよ」
ことりは目を丸くしました。友だちにあいさつしに来ているのだと思っていたら、恋をしていただなんて!
「でも、じゃあ、ずっと会いに来なかったのはどうして? 秋も、冬も、春も、待ってたのに」
恋をしているのに、会えなかった理由があったのでしょうか。
短い間しか会えないなんて、まるで七夕のおりひめとひこぼしのようです。
「クロツグミは季節によって住む場所を変えるんだよ。あたたかいところが好きだから、夏は日本にいて、日本が寒くなったら南の国に引っ越すの」
「あんなに小さいのに、外国に行くの? 飛んでいくの?」
「そうだよ。あの羽根で海を渡って旅をするんだよ」
ことりはことりの小鳥を見つめました。
この子は、旅をする鳥だったのです。
「ことりの小鳥が、本当の鳥だったら、あの子といっしょに旅ができたのに……」
そう思うと、ことりの小鳥もなんだか残念そうな顔をしているような気がします。
エリおばさんは「でもね」と言いました。
「海を渡るのは命がけなの。家族や仲間といっしょに行くんだけど、途中で死んじゃうことも多いんだよ」
エリおばさんはそう言って、ことりの小鳥の、ちいさな頭を指でなでました。
「だからね、きっとあの黒い子は、この子がここで待っててくれて、すごくうれしかったと思うよ。『また会えたね、元気そうで良かった』ってね」
「……あの黒い子は、ことりの小鳥に会えてうれしかった?」
「きっとそうだよ。わたしも、遠くから帰ってきたときに、ことりが待っててくれたらうれしいからね」
「ことりも、エリおばさんが来たらうれしいよ!」
「ふふふ、じゃあ、ことりの小鳥さんも、きっと今、黒い子に会えて喜んでるね」
ことりはことりの小鳥をもう一度見つめました。
すると、さっきは残念そうに見えた顔が、今度はなんだかとてもうれしそうに見えました。
「ことりの小鳥がうれしかったら、ことりもうれしいよ」
だから、ことりはそう言って、ことりの小鳥のぬいぐるみを抱きしめました。
「また明日も、いっしょにお空を見ようね」