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Märchenica League Baseball ~The First Albino Märleaguer~  作者: エスティ
序章 前代未聞の入団
9/50

第7球「才能の片鱗」

 ブレッドは両手を広げ、選手たちを手繰り寄せた。


 両腕、両足、背中が紺色に染まり、腹部の白さが特徴のユニフォームを着用した選手たちがぞろぞろと一塁線と三塁線を越え、ブレッドのもとへと集まってくる。


「ブレッドさん、一体どうしたんですか?」


 心配そうな顔でブレッドに声をかけるジャム。


「どうもこの女は、僕が監督に就任することが気に食わないらしい」

「当たり前デス。社会人チームの元選手兼監督がメルリーグの監督なんて前代未聞デス。お前がどんな身分なのかは知らないデスが、戦場では身分よりも経験が物を言うのデス」

「だったら何の問題もない。それとな、僕は好きで監督になったわけじゃない。僕を監督に任命したのはエステルだ。ラーナ、もしこの決定が不満ならお前はクビだ。エステルは喜んで後釜を手配するだろうよ。お前がどんな地位にいるかは知らん。でもな、僕にはもう失うものが何もないんだ。馬鹿げていることだろうと、それがチームのためになるなら淡々とやってのける。それに社会人チームとは言っても根本はベースボールだ。選手の起用法ぐらい心得てる。出て行くのは勝手だが、一度僕の起用法を目にしてからでも遅くはないと思うぞ」

「――分かったデス。お前が指揮するチームがワタシのチームに勝てたらお前に従ってやるデス」

「その言葉忘れんなよ。じゃあ今からスプリングトレーニングを始める。観客が集まる前にチームを組むぞ。ジャム、僕はレギュラーチームの監督をやる。お前はラーナとFA選手とボトムリーガーで構成されたチームの監督をやってくれ」

「分かりました。でもいいんですか?」

「いいって、何が?」


 ジャムがブレッドの耳元まで近づき、ブレッドの耳を片手で覆った。


 ラーナこと、スヴェトラーナ・ボルトキエヴィチ。さっきからブレッドに楯突いているこの女性の名前である。


 ルシア軍にいた経歴を持ち、上下関係をきっちりと叩き込まれている彼女としては、メルリーガーにとっては格下とも言える社会人チームに所属していたブレッドのことをどうしても受け入れられない。


「ラーナはペンギンズのピッチャーの中でもかなり優秀な部類で、去年のハートリーグ防御率ランキングでは5位、奪三振ランキングでは3位に輝いていて、『ベルマガ』のランクコーナーでもAランク投手に認定されています」

「ベルマガ?」

「ベースボール・メルへニカ・マガジン。略してベルマガです。選手たちは毎年、この権威ある雑誌のランクコーナーで『格付け』されています。最強打者と最強投手がその名を連ねる最高ランクのSランク、オールスター級の強打者かエース級の投手がAランク、トップには及ばないながらもチームには必須級のBランク、チームによっては中軸か先発を任せられるCランク、下位打線かリリーフの常連となるDランク、控え選手か戦力外通告間近の選手が入るEランクまであって、ラーナはメルリーガーたちの中でもトップクラスの実力を持つAランクピッチャーですよ」

「――何でそれを早く言ってくれないのっ!?」

「ブレッドさんが勝手に話を進めるからじゃないですか。まあでも、レギュラーチームを率いることになったのは幸いですね」

「ジャム、あいつを打ち崩すまでは絶対に下ろすなよ」

「まあ負傷でもしない限りはそうしますけど。あんな喧嘩を売っておいて、後で負けてから彼女が出ていっても知りませんからね」


 やれやれと言わんばかりの口調のまま、ブレッドが向かい側のベンチへと去っていく。


 ラーナは招待選手のキャッチャーとサインを確認しながら練習投球を繰り返し、ようやく肩が温まったところでスタメンが発表された。


 ブレッドは葵の言葉を参考に、去年のスタメンに近いスタメンをできるだけ再現しつつ、監督用コマンドフォンに記入し、ロボット球審のデータ内にある共有ファイルに提出する。


 向かい側のベンチでは、それぞれの選手の特徴を見極めていたジャムが同様の手段でスタメンを提出する。


 メルリーグでは創成期からロボット審判が行われ、以降常に正確なジャッジが行われてきた。ロボット球審は大柄で頑丈なロボットであり、打席に立つ打者の身長を自動で測定し、より正確なストライクゾーンを即座に形成することができるが、ボトムリーグでは人間の審判が起用されている。


【ペンギンズレギュラーチーム・スターティングラインナップ】


 打順 ポジション 選手名

 昨シーズン成績 ※はボトムリーグ及び外国リーグでの成績


 1番ショート 椎名葵

 .363(打率) 42(本塁打) 85(打点) 46(盗塁) 1.178(OPS)


 2番センター 松田修造

 .243(打率) (本塁打) 55(打点) (盗塁) .646(OPS)


 3番DH 江戸川丸雄

 .272(打率) 19(本塁打) 82(打点) (盗塁) .893(OPS)


 4番ファースト エドワード・エドワーズ

 .267(打率) (本塁打) 24(打点) (盗塁) .704(OPS)


 5番サード ウォーリー・ウォーカー

 .263(打率) (本塁打) 25(打点) (盗塁) .692(OPS)


 6番セカンド アリア・レチタティーヴォ

 .309(打率) 12(本塁打) 69(打点) 15(盗塁) .786(OPS)


 7番ライト リンツァートルテ・クレス・フォーゲル

 .231(打率) (本塁打) 38(打点) (盗塁) .623(OPS)


 8番キャッチャー ワッフル・オベリオス

 .216(打率) (本塁打) 35(打点) (盗塁) .534(OPS)


 9番レフト プレクムルスカ・ギバニツァ・コシッチ

 .221(打率) (本塁打) 23(打点) 28(盗塁) .565(OPS)


 先発投手 ルドルフ・ヒューラー

 29(登板) 3勝15敗(勝敗) 5.68(防御率) 148(奪三振) 1.54(WHIP)


【ペンギンズサブチーム・スターティングラインナップ】


 打順 ポジション 選手名

 昨シーズン成績 ※はボトムリーグ及び外国リーグでの成績


 1番センター アイリーン・ルーズベルト

 ※.350(打率) (本塁打) 29(打点) 78(盗塁) .649(OPS)


 2番ショート マカロン・クラックレ・ダミアン

 .281(打率) 26(本塁打) 74(打点) 22(盗塁) .948(OPS)


 3番サード クラップフェン・オリークック

 .290(打率) (本塁打) 35(打点) (盗塁) .841(OPS)


 4番DH ジョン・ジョンソン

 ※.266(打率) 23(本塁打) 68(打点) (盗塁) .857(OPS)


 5番ファースト ジャック・ジャクソン

 ※.219(打率) 31(本塁打) 67(打点) (盗塁) .773(OPS)


 6番レフト ウィリアム・ウィルソン

 ※.286(打率) 17(本塁打) 44(打点) (盗塁) .799(OPS)


 7番キャッチャー ジョージ・マッケンジー

 .229(打率) (本塁打) 33(打点) (盗塁) .709(OPS)


 8番セカンド プファンクーヘン・バーライナー

 ※.258(打率) 10(本塁打) 39(打点) 10(盗塁) .727(OPS)


 9番ライト ジャスティン・ジャスティス

 ※.269(打率) (本塁打) 15(打点) (盗塁) .698(OPS)


 先発投手 スヴェトラーナ・ボルトキエヴィチ

 32(登板) 8勝6敗(勝敗) 2.53(防御率) 352(奪三振) 0.85(WHIP)


 こうして、ラーナと中軸スラッガーを除く去年のレギュラーチームと、ラーナが先発を務めるFA選手とボトムリーガーたちで構成されたサブチームによる練習試合が始まった。


 観客たちにとってはレギュラーのコンディションチェックを兼ねた活躍を見ることができる。そして招待選手であるFA選手やボトムリーガーたちにとっては戦力アピールの場でもあった。


 葵が相手のベンチを心配そうな目で見つめている。


「葵、どうした?」

「いや、珍しい光景だなって思ったから」

「確かにあれだけのボトムリーガーがスプリングトレーニングに集まるのは珍しいからな。ここはレギュラーとして、実力の差を突きつけてやれ」

「僕は誰が相手でも本気だよ。それにしても、今までにない光景だね。たった1人の選手のために、うちから主力が何人も抜けるなんて、こっちの方が前代未聞だよ。それに――スプリングトレーニングなのに、誰にも声をかけてもらえないんだからさ」

「!」


 ブレッドが再び相手のベンチを見ると、サブメンバー、FA選手、ボトムリーガーたちが笑顔で集まりながら座り、楽しそうに言葉を交わす中、アイリーンは自然な形で隅に追いやられ、1人ポツーンとベンチの椅子に音もなく座っていることに気づいた。


 アイリーンが戦っているのは世間だけじゃなく、味方であるはずのチームメイトでもあることをブレッドは思い知るのだ。


 だが当の本人は、健気にもいつものように無表情のまま左腕にグラブをはめ、そのまま何食わぬ顔でセンターの守備に就いた。


 周囲を見渡せば、地元エルナン島民やメルへニカ本島の王国民たちがスプリングトレーニングを一目見ようと押し寄せ、ロボット球審によって試合開始がコールされた。


『1回の表、ペンギンズレギュラーチームの攻撃は、1番ショート、背番号8、アオイーシーナー』


 アナウンスが球場内に響くと、それに反響するかの如く、観客の声援が球場の空気を震わせた。


 ブレッドはペンギンズの欠点を探るべく、去年と同じオーダーと作戦で動くよう指示を出した。


「なあ、アリアって何で6番打ってたんだ?」


 ブレッドが隣に座っていたアリアに話しかけた。


 ペンギンズを代表するセカンドのアリアは、ウェーブのかかった明るい金髪のくせ毛をなびかせながら、額の上にあるアホ毛がアンテナのように逆立っている。


「何でって言われても、1番はリードオフマンの葵がいるし、2番はバント職人の修造がいるし、3番には丸雄がいるわ。私はクリーンナップを打てるようなバッターじゃないし、小技とかは自信があるけど、どっちかって言うと、積極的に打って走る方が得意なの」


 ブレッドはアリアの打順に疑問を抱いていた。シーズン打率3割もあって下位打線なのでは、肝心な時に打順が回ってこず、ヒットを打っても後ろが下位打線では続かないと考えた。


 バットを横に寝かせ、左打席に入った葵がラーナの渾身のシュートにタイミングを合わせると、三塁線へと勢いよく打球を飛ばした。


『セーフ』

「あちゃー、もう少しでアウトだったのになー」

「惜しかったわねクラップ。でも相手は葵だから無理ないわよ」


 葵がバッティングと同時にバットを捨て、全速力のまま一塁ベースを踏むと、三塁線から送球したクラップをマカロンが励ました。


「何だあのシュート」

「まるでサウスポーのスライダーだな」


 球場が騒めき、観客たちはぽっかりと大きく口を開けたままだ。


「ラーナが投げるシュートは三種の神器の1つで、別名バックスライダー。まるでサウスポーのスライダーのような軌道を描くあのボールは、左打者に対して滅法強い球よ」

「左右どっちにも対処できるわけか。どうりで奪三振がやたらと多いわけだ。おっかねえ武器を持ってやがるな。葵以外で打てる奴いんのか?」

「いないわよ」


 アリアが笑みを浮かべながら答えた。これにはブレッドも冷や汗をかいた。


「よっしゃあ! かかってこいやぁ!」


 修造がバットを勢いよく振りながら活を入れるように言った。


 だがブレッドは前年の監督と同様の作戦を忠実に再現するべく、バントのサインを送った。ラーナがスライダーを投げると同時に葵が走り出し、ジョージは投げる構えに入ったものの、結局投げることを諦めた。


 葵は悠々と二塁まで走り、涼しい顔のままスライディングを決めた。


「は……早い」

「当たり前でしょ。葵は走力も球界トップクラスで、去年の盗塁王なんだから。敬遠したところで、今度は足でバッテリーを揺さぶるのよ。ラーナは2年前からペンギンズにいるから、レオンの起用法を真似たところで、作戦は全部お見通しよ。ラーナはあのキャッチャーが葵を刺せないことを見切ってスライダーを投げたのよ」

「送りバントは読まれていたか」


 修造が手堅くバットを寝かせると、ラーナのストレートの軌道にバットを重ね、軽く当てて一塁方向へと転がし、葵を三塁にまで進ませた。


 丸雄がのっそりとバッターボックスに入ると、修造がベンチへと戻ってくる。


「よくやった」

「バントなら得意中の得意だ。良い形で繋げたぜ」

「確か丸雄の得点圏打率は5割を超えてたな」

「ちなみに言っておくと、丸雄はランナー三塁の時、犠牲フライもよく打つわよ」

「えっ――」


 丸雄がラーナの4球目を捉え、センター方向へと高く打ち上げた。


 アイリーンが落下点より少し後ろから捕球態勢に入り、葵は三塁に左足を置いた。


 ボールの落下点はセンターの定位置から少し浅い場所で、葵の足であれば十分にホームインを狙える位置だった。これならタッチアップで得点できると誰もが思った――。


 アイリーンがボールを取った瞬間、葵が勢いよく三塁ベースを蹴り、風のようにホームへと突進するが、葵がホームに辿り着く寸前のところでジョージのキャッチャーミットにボールが収まり、そのまま葵がタッチされてしまった。


『アウト。スリーアウト、チェンジ』


 ロボット球審が殴る素振りを見せながらアウトをコールする。


「「「「「!」」」」」

「嘘……葵が刺されるなんて」


 葵が恐る恐るセンター方向に顔を向けると、そこにはバックホームを決めた後、落ち着いたフォロースルーを決めるアイリーンの姿があった。


 このプレイには誰もが度肝を抜かれた。


 歴戦の盗塁王がバックホームで刺されること自体が珍しい光景だ。


「やってくれるじゃん」

「刺されたってのに、なんか嬉しそうだな」

「そりゃ嬉しいよ。久しぶりに骨のありそうな新人に出会えたんだからさ。ここまで想定外のことをしてくれるなんて、心底ワクワクするよ」


 天真爛漫な笑みを浮かべる葵の姿に、ブレッドは葵がベースボールを心から楽しんでいることに気づかされた。サブメンバーチームがぞろぞろとベンチへと戻るが、ブレッドはそんな葵から一向に目を離そうとはしなかった。


 ――こんなに楽しそうにベースボールをしている選手を見ると、何だか昔の自分を思い出す。


 ふと、そう考えたブレッドの顔にも、釣られるように笑みがこぼれた。


「けっ、ビノーのくせに生意気だな」

「ちょっと守備ができるからってカッコつけやがって」

「その内日光で肌溶けちまうんじゃねえの」


 ブレッドと葵の微笑ましい会話に水を差すように、1人の選手が嫌味を吐いた。すると、それに同調するように、周囲の選手たちまでもが嫌味を言い始めた。


 これにはブレッドも黙ってはいられなかった。

 両チームの監督はロボット球審に対して2回失敗するまでチャレンジを要求することができる。チャレンジの要求範囲は時代を追う毎に広がっていき、レボリューション時代を迎える頃にはストライクの判定にまでチャレンジを要求できるようになった。


 歴代ベースボール評論家たちの著書『ベースペディア』より

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