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Märchenica League Baseball ~The First Albino Märleaguer~  作者: エスティ
序章 前代未聞の入団
8/50

第6球「絶望の兆し」

 ――2月上旬、ザークセル属州エルナン島――


 ブレッド一行を乗せた全自動タクシーが海岸から勢い良く水飛沫を上げながら上陸する。


 全自動タクシーは、陸上、水中、空中の全てに対応しており、水中を移動する時は丸みを帯びた潜水艦の形に、空中を飛ぶ時は両翼が飛び出す仕様である。晴れてオリュンポリティア・ペンギンズの監督となったブレッドは、ジャム、キルシュ、アイリーンを連れ、メルへニカ島から少し遠く離れたエルナン島にあるクリテイシャス・ボールパークと呼ばれる、天然芝が広がる球場へと赴いた。


 ここはペンギンズの選手たちがスプリングトレーニングを行う場所であり、球場内にはトレーニング施設が充実している。球場のすぐ近くにあるクリテイシャスパークには化石から復元された数多くの恐竜たちが、鉄格子で囲まれたダイナソーエリア内に放し飼いとなっている。


 国営の恐竜園として人気を博しており、5年先まで予約で埋まっているほどだ。


「うわぁ~! 凄~い!」

「ここがクリテイシャス・ボールパークですか」

「かなりでかい球場だな」

「一応ガーガルで調べたんですが、ここは元々古代メルへニカ人たちがキャンプ地として使っていた場所なんですが、ボールパークとしては大きすぎてホームランが出にくいからということで、メルリーグの球場として採用されなかったそうです」

「設計ミスで建てたけど、そのまま残されたってわけだ」

「設計者たちの中にベースボール経験者が1人もいなかったそうです。今はラッキーゾーンを設けていますが、浜風が強いので、採用される見込みはないようです」


「あの、もしかしてブレッド監督ですか?」


 女性のような顔の青年が水色の姫カットをなびかせ、後ろから少年のように高い声をかけた。


 ブレッドたちが一斉に後ろを振り返ると、爽やかで自信に満ちた笑顔、細身の長身からブレッドたちを見下ろしているが、相手に対する尊重が感じられる。


「ああ、そうだよ。君はペンギンズの選手か?」

「はい。僕はペンギンズのキャプテン、椎名葵(しいなあおい)です。葵って呼んでください。ブレッドさんたちを案内するようエステルさんから言われましたので、早速案内しますよ」

「それは助かる。ブレッド・ベイカーだ。僕は監督ではあるけど、お前らとは対等な立場だ。もっと気楽に喋ってくれてもいいぞ」

「じゃあ、そうさせてもらおうかな。アイリーン、久しぶり」

「あなたもね」


 お互いの顔をしっかりと見つめる葵とアイリーン。


 ブレッドたちがグラウンドまで赴くと、既に何人かの選手が柔軟体操を済ませ、練習に参加している。その顔触れは至って真剣な表情で厳しいコースの球を捕球し、次々とファーストへの送球を決めている。


 この光景はベースボールマニアのジャムを唸らせた。


「うわぁ~。こんなに間近でメルリーガーたちを見れるなんて」

「シーズンが始まったら、毎日顔を合わせることになるぞ」

「そうですね」

「あっ、葵、遅いわよ。早くショートに入って」

「はいはい。じゃあ行ってくるね。練習あるから」

「ああ、行ってこい」


 葵がショートに入り、そのまま練習が再開された。


 ブレッドは早い時間から集まって練習している選手たちを見ると、すぐに彼らがペンギンズの主力選手であることを見抜いた。


「滅茶苦茶守備うまいな」

「そりゃそうですよ。特にさっきから涼しい顔で守備練習をしている葵とアリアは、鉄壁の二遊間コンビと呼ばれています」

「なるほど。ジャム、ペンギンズの選手たちの特徴を詳しく教えてくれ。メルリーガーの起用法はあんまりよく知らないからさ」

「分かりました。まずはあの2人から紹介しますね。椎名葵はプロ11年目の選手で、3年ほど前からキャプテンを務めています。11年連続でトリプルスリーを記録しているスーパースターです」

「11年連続っ!」


 ブレッドは度肝を抜かれた。メルリーグの試合は地元のチームしか見てこなかったためか、驚くほど世間が狭く、ここ数日はオリュンポリティアでの生活に慣れるので精一杯であった。


 ジャムはメルリーグ専門家としての顔を持ち、全選手の情報を完全に網羅していた。


「しかも金銀銅三冠の常連です。ゴールドグラブ賞8回、シルバースラッガー賞6回、ブロンズスター賞5回、MVP3回を受賞しているペンギンズ最強打者です」

「ということは、守備が1番得意なんだな」

「そうですね。去年は3回目の40本塁打40盗塁を記録しています」

「じゃあ打順は3番か?」

「いえ、チーム内で最も足が速いので、1番を務めています。そして葵の隣にいるのが、アリア・レチタティーヴォ。優れたコンタクト能力とずば抜けた守備力が持ち味で、毎年3割前後の打率をマークしているヒットメーカーです。主に6番を打っています。守備力は葵に負けず劣らずで、強いて欠点を挙げるとすれば、剛速球に押されやすいところと、肩が弱いところくらいでしょうか」


 ブレッドはコマンドフォンを使い、ペンギンズの選手たちの情報を調べながら話を聞き、その間にもジャムが各選手の説明をする。


 ペンギンズの選手たちは曲者や問題児が数多く揃っている球団であるとブレッドは確信した。各選手の能力にも大きな偏りが見られた。


「最初はどんだけ弱いチームなんだろうって思ってたけど、これなら何とかなりそうだ。なあ、アンドリュー・アンダーソンとフランク・フランコはどうした?」

「その2人ですが……トレードで出ていきました」

「はぁ!?」


 ブレッドが思わず口を大きく開けた。


 無理もない。アンドリューとフランクは4番と5番を打つペンギンズ屈指の強打者であった。ペンギンズはブレッドの監督就任を迎える前に貴重な中軸スラッガーを2人も失ってしまったのだ。


 ただでさえペンギンズは打力が低く、ペンギンズの選手で昨シーズン30本以上の本塁打を打っているのは葵のみであった。


「いや……そう言われても――原因は恐らく彼女でしょうね」

「何でアイリーンなんだよ?」

「忘れたんですか? アルビノは多くの人から嫌われてるんですよ。今センターを守っている彼も、レフトを守るアイリーンから離れて守っています」

「真の敵は内側にいるってやつか」

「いずれ外側になるでしょうけど」

「でもドボシュがFAになっているエース級ピッチャーを2人も確保するって言ってたから、投手力を何とかすれば勝てるかも」

「あー、それなんですけど、今朝GMからメールが届きまして、2人ともマンキースとジャイアンツに移籍しましたよ」

「何でっ!?」


 再びベンチ内に響くブレッドの声に呆れ返るジャム。


 その声をしっかりと聞き取ったアイリーンがベンチに戻ってくる。


「何でって言われても、途中までは交渉が順調に進んでいたみたいですけど、アイリーンが招待選手になったことを知った途端、急に態度が変わって別のチームに移籍するって言い出したんです。事態は思ったより深刻ですよ。スラッガーもいなければ、二桁勝利を収めているエースもいない」

「おいおい、マジかよ。これじゃまた最下位じゃねえかよぉ~!」


 頭を両手で抱えながらベンチに座り、俯いたままのブレッドの脳裏に絶望の未来がよぎった。


「落ち着いてください。まだシーズンも始まってませんし、ボトムリーグにも有望な選手がいます。諦めるのはまだ早いですよ」

「はぁ~。この状況でよく落ち着いてられるよな。まあ借金生活が懸かってるのは僕だけだし、他の奴には関係ねえもんな」

「まあまあ、そんなことを言っても何も始まらないよ。要するにさー、最下位を免れればそれでいいわけでしょ。優勝しろって言われてるわけじゃないんだから楽勝だよ」


 ブレッドの隣に座ったキルシュが両腕を彼の腕に巻きつけた。


 すると、さっきまで落ち込むことしかできなかったブレッドがあっという間に冷静さを取り戻し、一度呼吸を整え、冷静に周囲を見渡した。


 キルシュのふんわりとしたチョコレート色の髪、豊満な膨らみから漂う花のような香りにはブレッドも頭が上がらない。


「あのなー、ハートリーグ北東地区には強豪ばかりが揃ってんだぞ。しかもペンギンズは12年連続最下位だ。昨シーズンは投手陣が崩壊していた上に、中軸が不調でロクに得点もできないし、下位打線は言わずもがな。ほとんど葵だけで孤軍奮闘してるような状態だぞ。スラッガーも抜けて、エースも獲得できないし、この状況でどうやって最下位を免れろと?」

「ブレッドは社会人チームにいた時、弱小だった地元のチームで優勝候補に勝ったことあるじゃん」

「あれは運が良かっただけだ」

「それ、本当なの?」


 ベンチに戻っていたアイリーンが真剣な目つきでブレッドを睨みつけたまま距離を詰めてくる。


 アイリーンは葵の事情をよく知っている。葵がワールドシリーズ優勝を夢見ていることも。


 11年もの間、輝かしい実績を収めてきた葵だが、まだ地区優勝すら一度も経験していない。しかも葵が入団した時期はペンギンズの低迷期とほぼ一致している。地区優勝はおろか、貯金生活さえしたことのないキャプテンにとって、チームの改革は早急な課題であった。


 前年まで監督であったレオンに対して特に不満はない。だが歴戦の知将であったレオンでさえ、低迷期のペンギンズを復活させることはできなかった。


「あ、ああ。一応本当だけど」

「ブレッド、この年だけで構わないわ。一緒に優勝を目指してほしいの」


 葵の本音を代弁するかのようにアイリーンが言った。


「優勝するにはある程度駒が揃っている必要がある。このチームじゃ無理だ。優勝を目指すには投手力と打力がなさすぎる」

「あれを見ても同じことが言える?」

「あれって何だよ?」

「どりゃあ~!」


 アイリーンがホームを指差すと、そこにバットを持った1人の男が熱血教師の如く、容赦なく強い打球を各ポジションに打ち、キャッチャーに対しては丁寧なバントでゴロの処理をさせている。


 さっきから強烈なノックを繰り返している松田修造(まつだしゅうぞう)が打撃練習も兼ねたノックを行うものの、汗をかきながらほとんど同じペースを保っている。


 その動きを観察していたブレッドは修造からの闘志を感じ取った。


「あいつ、何回も強い打球を打ってるのに全然疲れてないな」

「あの人は松田修造。ペンギンズの2番を打っているバント職人です。投手以外であればどんなポジションでもこなせるユーティリティーでもあります。普段は大人しい人みたいですけど、バットを持つと人が変わったように血の気が多い性格になるんですよ。サードを守っているのはマカロン・クラックレ・ダミアン。ウィザーズからFAになった招待選手です。外野もこなせるみたいなので、ポジションの配置には困らないと思いますよ」

「このチームってさ、ユーティリティー多くね?」

「基本的に守備力に優れた人ばかりなのが特徴です。なので年俸もかなり安めですよ」

「もしかして、優勝できなくても痛手がないように安く抑えてるんじゃねえだろうな?」

「そんな理由じゃねえよ」


 呑気にもベンチに横たわっている男がブレッドに話しかけた。


「――こんな奴いたっけ?」

「いたよ! この俺を忘れてもらっちゃ困るぜ。ペンギンズを代表する選手と言えば俺のことよ」

「よく言うよ。DHしかできないくせに」

「んだとこらぁ! 文句あんのかぁ!?」

「落ち着け。この2人は?」

「彼は江戸川丸雄(えどがわまるお)。ペンギンズの3番を打っているDH専業で、チャンスに滅法強いクラッチヒッターです。その後ろにいるのはパネットーネ・パンドーロ。サウスポーのサブマリンというかなり珍しいタイプのピッチャーです」

「クリーンナップ最後の1人だったか。よろしくな」

「ああ、よろしく」

「よろしくねー。僕のことはパネットでいいよー」

「お、おう」


 こいつらノリ軽いなと思いつつ、ブレッドは愛想笑いを浮かべた。


 正午を迎えると、メルリーグ契約を結んでいるペンギンズの選手、ボトムリーグからの招待選手を合わせた50人が集まり、レギュラーチームとサブチームに25人ずつ分かれ、練習試合を行うことに。


 選手たちの自己紹介が済むと、今度はブレッドがマウンドに上がった。


「えっと、僕はブレッド・ベイカー。今年から監督を務めることになった。元々は社会人チームにいた選手兼監督だから、分からないことも多いけど、よろしくな」

「聞き捨てならないデス」

「……えっ?」


 凛々しく高い女性の声が聞こえたかと思えば、その他大勢と同じく、ペンギンズのユニフォームを着用した1人の黒髪ロングヘアーの女性がツカツカと一塁線を超えて歩み寄ってくる。


 小柄ではあるが、その堂々たる闊歩に、ブレッドは思わず背中をのけ反らせた。かと思えば、女性は優雅できめ細やかな黒髪をなびかせ、ブレッドの鼻先近くに右手人差し指を勢い良く突きつけた。


「ボトムリーガーですらない社会人チームにいた選手兼監督なんかに、世界最高峰のメルリーグ球団をまとめられるはずがないデス」

「しょうがねえだろ。他に候補がいないんだからさ。それとも代わりでもいんのか?」

「かっ、代わりっ!?」

「いないならしょうがねえよなぁ~。もし監督不在のままシーズン開幕を迎えれば、監督経験すらない素人の職員に監督を任せることになる。それでもいいのか?」

「……」


 女性が押し黙ると、ブレッドは再び周囲を見渡した。


 そっぽを向いた女性は呆れ返るようにため息を吐いた。

 メルリーグにおけるWHIPの計算式はWHIP = (与四死球 + 被安打) ÷ 投球回となる。死球も計算に入れるのは、投手ならボールを避ける打者と避けない打者の見分けくらいつかなければならないという考え方があるためである。


 歴代ベースボール評論家たちの著書『ベースペディア』より

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