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Märchenica League Baseball ~The First Albino Märleaguer~  作者: エスティ
序章 前代未聞の入団
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第4球「郷里の友」

 ブレッドはヘッドコーチを雇うようエステルに言われていたことを思い出した。


 本来であれば、これは雇われの監督ではなく球団側の仕事だ。そう考えたブレッドはこの仕事内容に疑問を持ってはいたものの、一緒に働く仲間を自分で選べる数少ない機会とも考えていた。


「なるほどねぇ~。でもヘッドコーチの仕事をみんな引き受けたがらないと」

「考えてみれば当たり前のことだよ。いきなりプロの仕事をやれって言われても、プロの経験もないのに引き受けてくれるような奴を見つけるなんて、仮にいたとしても、砂漠の中からたった1本の針を見つけるようなもんだ」

「エステルさんは、ベースボール経験者だったらそれでいいって言ってたんでしょ?」

「それはそうだけど、僕の知り合いにベースボールの経験者なんて……待てよ……あいつだったら引き受けてくれるかも」

「あいつって?」


 キルシュの問いかけにすぐには応じないブレッド。


 同時に好ましからざる過去を思い出し、キルシュと顔を合わせられない。


 翌日、ブレッドは久しぶりに郷里の友を呼び出した。


 キルシュはいつものように、今度は朝早くからブレッディヌスへと入ってきている。キルシュは昨日からブレッドの様子が気になって仕方ない。


 呼んだはずの友人よりも早く到着したキルシュにブレッドは複雑な思いを抱いた。


「何でお前が先に来るんだよ?」

「だってまだ昨日の質問に答えてくれてないもん。ブレッドったら、あの後すぐに帰れなんて言うから、ずっとこの辺がもやもやしてたんだよー」


 そう言いながら自分の豊満な胸を指差すキルシュ。


 ブレッドが赤面しながらも、その疑問に答えようかと思った時、チリンチリンとドアベルが鳴った。短い茶髪に可愛らしい少年のような顔が特徴の小柄な青年が恐る恐る店内へと入ってくる。


「ジャム、久しぶりだな」

「ブレッドさん、久しぶりですね。3年ぶりくらいですかね」

「あれからもう3年か。時間が経つのは早いな」

「ずっとベーカリーの店長やってたんですか?」

「ああ、そうだ。でも全然客が来ないから、もう閉めようと思ってた頃だよ」

「話があるってメールを貰いましたけど、一体何の話なんです?」

「とても馬鹿げた話と思うかもしれないが、至って真剣な話だということを予め言っておく」

「はあ……」


 渋々頷くようにしながらジャムがテーブル席に腰かけた。


 ジャム・プレザーブ・コンフィチュールは、ブレッドの友人にして社会人ベースボール時代の後輩である。どこへ行こうにも短パンにTシャツ姿のこの男に、キルシュは顔色1つ変えなかった。


 ジャムはブレッドの性格を熟知しており、本人もブレッドに度々振り回されては宥めたり嗜めたりするような言動を見せているが、心の内では尊敬の念を向けている。


「ねえ、あんたってブレッドの知り合いなの?」

「はい。ジャム・プレザーブ・コンフィチュールです。ジャムって呼んでください」

「私はキルシュトルテ・ヴァルト。キルシュって呼んでね。ダーリンがお世話になっていたようで」

「誤解を招くようなこと言うな!」

「ちぇっ、つまんないの」


 3人は昼食を取りながら、今までの事情を話した。


 テーブルの上には3人でも有り余っているパン、いくつもの種類を誇る熟したジャムが、それぞれの個性を主張するように置かれている。


 ブレッドがベーカリーを継いでいる間、ジャムは仕事を退職し、今は家に引きこもり、インターネット上のベースボールゲームオンラインに勤しむ毎日を送っているが、それはジャムが人に迷惑をかけることを恐れたためである。


 ジャムが外に出ることを恐れているのはブレッドも知っていた。それがジャムを誘わない理由となっていたが、もはや背に腹は代えられぬ状況となった今、そんな配慮をする余裕さえなかった。


「それより、用件は何ですか?」

「ペンギンズのヘッドコーチになってほしい」

「えっ……」


 目が点になりながらも、ジャムはトーストにオレンジマーマレードをたっぷり塗ったものを口に頬張るブレッドを見つめている。


 言われたばかりの言葉がまるで飲み込めなかった。やっぱりそういう反応になるよなと、ブレッドも理解を示している。


 しかし、一通り事情を話すと、小心者の正義感を擽るには十分であり、ブレッドの言い分をあっさりと受け入れたのだ。


「つまり話をまとめると、ペンギンズはアルビノの選手をスプリングトレーニングに招待選手として招いたことを理由に、監督がメルリーグ機構に解雇されて、多くのコーチや選手がチームを去ってしまって、監督にも選手にも困っているということですね」

「そゆこと。理解が早くて助かる」

「でも……僕にヘッドコーチなんて務まりますかね」

「それはやってみれば分かる話だ。1年契約でもいい。ベースボールの経験者で、色んな選手の特徴を完璧に覚えるのが得意なお前ならできるはずだ」

「完璧に覚えられるってことは、もしかして完全記憶能力者なの?」

「そうですけど、嫌なこともずっと覚えているので、一概に良いとは言えませんけどね」

「引きこもったのもそれが理由だろ。でもお前の目はまだ死んでいるようには見えない。オンラインゲームでベースボールを続けているってことは、まだベースボールに未練があるんじゃねえのか?」

「……」


 ジャムが何かを考えるようにしながら俯いた。


 決して遠くはない過去の記憶を辿り、突如自己嫌悪とも言える表情を浮かべた。


 ブレッドとジャムはかつてバッテリーを組んでいた。一度はメルリーガーを夢見ていたブレッドだったが、才能に恵まれず、社会人ベースボールで実力を認められれば、トリプルリーグから参加することも可能であり、成績次第ではメルリーグ昇格も夢ではなかった。


 ジャムはブレッドがメルリーガーを目指していたことを知っていたが、メルリーグスカウトの前でジャムがミスリードをしてしまったことでブレッドの防御率を悪化させてしまい、トリプルリーグへの参加を邪魔する形となってしまった。


「あの時は黙ってましたけど、ブレッドさんはメルリーガーを目指してたんですよね」

「たとえ社会人選手でも、一度は誰もが夢見る舞台だ」

「ブレッドさんにはメルリーグに行けるチャンスがありました。でも僕がそのチャンスを潰してしまったんです。しかも僕を庇って社会人チームまで辞めてしまった。僕はあの時の罪悪感から逃れたくて故郷に帰ってきたんですよ。今更就職なんて」

「――それが僕のためだと思ってるわけ?」

「僕だけのうのうと会社に居座る勇気はないですよ」

「別にお前がキャッチャーじゃなくても、僕はどの道夢の舞台には立てなかったよ。あの時対戦したトリプルリーグの選手たちは、明らかに格が違っていた。あれだけの実力を持っていて2軍だ。ということは、メルリーガーたちには尚更敵わねえってことだ。だから僕のために引きこもりをやってるっていうなら、今度は僕のためにヘッドコーチをやってくれよ。今のペンギンズは投手陣にも打線にも課題を抱えている。選手の個性を見抜くのが得意な僕と、選手の弱点を見抜くのが得意なジャムが手を組めば、ペンギンズを立て直せる」

「地元のチームならともかく、縁もゆかりもないチームをよく立て直そうと思いますよね。しかもオーナーはウィトゲンシュタイン家の人でしょ。彼らは世界で1番の資産家ですよ。ビジネスの道具として使い捨てにされるのがオチだと思いますけど」

「最初は僕もそう思ってた。でもペンギンズのオーナーと話してて僕らと同じものを感じた。それにバロン家はウィトゲンシュタイン家の中でも貧乏な方で、球団を立て直せるだけの資金は確保できないようだ。口には出さなかったけど、あの人は間違いなく味方だ。あくまでも勘だけどな」

「ブレッドさんの勘ですか……分かりました。丁度引きこもりにも飽きてきた頃です。そういうことなら喜んで協力します」


 ジャムの瞳はまるで光を取り戻したかの如く、かつての気力が戻っていた。


 働くことにも耐えられず、退屈にも耐えられず、毎日同じような日々を過ごしていたジャムにとって、ブレッドからの誘いは数少ない刺激だった。そしてもう一度外の刺激に触れたいことにジャム自身が気づくのに時間はかからなかった。


 ――1ヵ月後、グリューンフェルデ属州ネーデリオス――


 11947年1月、ブレッドたちはオリュンポリティア・ペンギンズの本拠地、アンタークティック・スタジアムへと向かうべく、グリューンフェルデ属州の州都、ネーデリオスまでの距離をハープスベルクから全自動タクシーで赴いた。魔力のみで動くその車にタイヤはなく、地面から小さく宙に浮きながら移動する。必要があれば大空を飛びながら移動することもできる。


 ブレッドの両親は病気であったが、いずれも医療保険の適用外であったため、多額の資金がなければ手術を受けられない状況である。


 ブレッドがバロン家から手術費用を支払ってもらえる条件はただ1つ。来シーズンにおいてペンギンズの地区最下位を阻止することだ。


 魔法科学を筆頭とした社会の恩恵をまともに受けられたのは、ウィトゲンシュタイン家のような貴族の資産家ばかりで、平民たちが受ける恩恵は最低限の生活を保障される程度に留まっていた。


 各属州の州都中央区には、魔法科学の粋を集めて完成したワープゾーンが設けられている。


 それを利用するべく、州都中央区へと向かった。ワープゾーンは一瞬にして他の属州への移動を可能とする便利な装置だ。個人のみならず車両ごと移動することもでき、通勤や移動を伴う仕事に従事する者たちにとっては便利な移動手段だ。


 ブレッドとジャムの2人はバロン家から渡された年間パスをコマンドフォンに収め、キルシュもまた、ワープゾーンの日間パスをコマンドフォンで購入している。3人は後部座席に座ったまま、早速ワープゾーンを利用した。ワープゾーンは日間パス、月間パス、半月パス、年間パスのどれかを購入していなければ、自動的に転送の対象から弾かれる仕様である。


 初めて目撃するワープゾーンの内部に、ブレッドたちは開いた口が塞がらない。


 ワープゾーンはまるで神殿のように大きな建物だ。それぞれの州都中央区へと通じる部屋が設けられており、そこには車10台分が入る程度の大きな部屋がある。部屋の中央には星が描かれた正四角形の魔法陣が常に紫色の光を放ちながら稼働し続けている。


「うわー、ワープゾーンってこんな感じなんだね。なんか途轍もないパワーを感じる」

「そりゃそうだ。この魔法陣の中では、魔力と電気エネルギーが常に稼働し続けてるからな。魔力と電気の作用で別のワープゾーンに移動できるってんだから、ホントに便利な移動手段だ」

「メルリーグの関係者なら、今後は遠征の度にワープゾーンを使うことになりそうですね」

「お客様、そろそろワープゾーンを起動しますので、光にご注意ください」


 係員に呼びかけられると、ブレッドたちは他の乗客たちと共に眩い光に包まれた。


 ――オリュンポリティア属州キールストル――


 ブレッドたちが一斉に目を閉じると、数秒程度で眩しいくらいに輝いていた周囲の光はなくなり、転送先の部屋へと到着していた。


 ブレッドたちは係員に声をかけられ、誘導されるまま出口の近くまで歩いた。


 さっきまでいた若い係員は老人のような姿の係員と入れ替わっていた。


「あれっ、さっきの係員と全然違うようだけど」

「あー、それはきっと転送前のワープゾーンにいた新人だろうな。お前さんたちはワープゾーンが初めてみたいだから説明しておくよ。ワープゾーンは指定された2つの場所を同じ場所として共有する機能がある。だから次の転送客がやってきた時点でここにいると、転送前の場所に戻されちまうぞ。次の転送時間がくる前に、早く外へ出てくれよな」

「へぇ~。おじさん、ありがとう。良い勉強になったよ」

「おう、気をつけてなお嬢ちゃん。キールストルへようこそ」


 初めて訪れるキールストルの街並みはブレッドたちを圧倒した。


 天に届かんばかりの摩天楼がいくつも立ち並ぶメトロポリスであり、ハープスベルクやネーデリオスとは比べ物にならないほどの大都市だ。


 見慣れない大都市を見上げるように歩きながら度々コマンドフォンの案内アプリに目を通し、目的地へと近づいていく。ブレッドたちが目指すのは、アンタークティック・スタジアムのオーナー室だ。昼頃になると、手探りで球場にようやく辿り着いたブレッドたちは職員にオーナー室まで案内され、緊張を隠せぬままのっそりと部屋に入った。


 オーナー室には半世紀近く前の記念のボールが正四角形のショーケースに入っていた。ブレッドは真っ先にそれが目に入ったが、すぐにエステルとドボシュの2人に顔を向けた。


「おお、待ちかねたぞ。どうやらヘッドコーチが決まったようだな」

「お世話になります。ジャム・プレザーブ・コンフィチュールです」

「ああ、よろしく。私はエステルハージートルタ・バロン・ウィトゲンシュタインだ。エステルと呼んでくれ。ブレッド、ジャム、キルシュ、よくここまで来てくれた。君たちを今日ここへ呼んだ理由は他でもない。早速紹介したい人がいる。アイリーン、来てくれ」


 エステルの掛け声と共に、1人の真っ白な女性の姿が見えた。


 アイリーンの姿を見たブレッドたちは特に驚くような反応は見せず、もしかしてこの子かと言わんばかりの冷静な目で、その碧眼を見つめた。


 人形のような体つきにとろーんとした半開きの目は、ブレッドを魅了した。

 メルへニカリーグベースボールでは、出塁率 = (安打 + 四球 + 死球) ÷ (打数 + 四球 + 死球)で計測を行うこととしており、犠打や犠飛の数は考慮されない。これは意図的に犠打と犠飛を打てる選手があまりにも多く存在したためである。


 歴代ベースボール評論家たちの著書『ベースペディア』より

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