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Märchenica League Baseball ~The First Albino Märleaguer~  作者: エスティ
第1章 波乱のレギュラーシーズン
50/50

第10球「招かれざる外野の要」

 ――5月上旬、オリュンポリティア属州キールストル――


 ダブルヘッダーが続いた影響からか。ペンギンズは久々の休養日が設けられていた。


 選手たちは束の間の休養に時間を充て、クラブハウスのマッサージルームに列を作る。アイリーンが1番打者とセンターの守備を任された矢先のことであった。


 ブレッドが選手たちを集め、コンバートを告げた。


 リンツはライトに戻ったことで一応の安堵を得た。クラップは念願の内野手に内定し、喜びを露わにした。丸雄は煌の負担軽減のため、DHからレフトに転向するか、代打に回るかの二択を強いられた。煌が登板する日はDHで出場することになるが、ブービ・ルース・ルールにより、煌は降板した後もDHとして打席に立つことができる。投手以外のポジションにDHが起用されている場合、元々のDHは交代となり、DHが起用されていたポジションの野手が元々のDHの打順を引き継ぐ。


「何ぃ! ビノーをセンターに置くだとぉ!」


 条件反射で口から言葉を吐き出すリンツ。


「アイリーンは元々センターに置く予定だった。外野の要にアイリーンを置いたら、ややこしいことになるのは明白だったから、今までは避けていたんだ。でも、これ以上は避けられない事情ができた。もし拒むんだったら代打起用だ。これは贔屓でも何でもない。最適な者を然るべきポジションに置く、それだけのことだ」

「じゃあ、俺たちへの指示は、葵かアリアが出してくれよ」

「えっと、僕、外野のフォーメーションは自信ないんだよね」

「同じく」


 葵に続くように自信のない顔で手を上げるアリア。


「だから、外野のフォーメーションはアイリーンが出せばいいんじゃないかな。色んなポジションを経験してるみたいだし。それとも代打起用に回るか?」

「冗談じゃねえ! こんな奴の指示なんて受けられるか! ちゃんと守備さえできれば問題ねえだろ。僕は絶対に認めないぞ。ただ守備が上手いだけの奴にセンターは務まらない。覚えとけ」


 リンツが抵抗の言葉を吐き捨てると、逃げるようにクラブハウスを去った。


 アイリーンがリンツの後姿が見えなくなるまで見届けると、これを解散の合図と受け取った選手たちが散り散りになっていく中、今度は碧眼で丸雄の顔をジッと見つめて離さない。


「なっ……何だよ?」

「守備練習につき合ってくれない?」

「俺が守備練習? 冗談だろ」

「このままだと、あなたは代打起用に回ることになるわ。そうなったらチーム打力が落ちる」

「つき合うって、一体どうしろってんだ?」

「修造、外野の守備練習がしたいの。ノックを頼んでもいいかしら?」

「あー、別にいいぞ。じゃあやるか」


 修造が温厚な笑顔を見せながら快諾する。ノックをしている時とは真反対の性格だ。


 棒状の物やハンドルを握ると性格が豹変し、鬼コーチのような人格となるが、ペンギンズの選手たちにとっては練習中の風物詩である。


 グラウンドに出ると、アイリーンがセンターに就き、丸雄が渋々とグラブを装着し、レフトの守備に就いた。


「おらぁ! ぼさっとしてんじゃねえぞ丸雄ぉ!」


 手の平が赤くなるほど強くバットを握った修造が丸雄に大きな声をかけた。丸雄の隣から瞳を横に向けているアイリーンは、いつでもカバーができるよう、定位置よりも左に寄っている。


「やれやれ、一度あーなると止まらないんだよなぁ~」


 両手の平を上に向けながら呆れる葵。


 高く上がった飛球が丸雄を襲った。


 ボールを目で追いながら手足を動かすが、思ったように捕れず、早速エラーばかりを量産してしまう。守備範囲が狭いことが露呈し、レフト付近に飛んだボールを返球するのが精一杯な状態だ。レフトが守備の穴と気づかれればたちまち絶好のヒットゾーンと化し、炎上することは明白だ。


「はぁはぁ……外野って、こんなに大変なのかよ」

「目でボールを追うだけじゃ取れないわ。外野手は一歩目が大事よ。スタートが早いかどうかで守備範囲が大きく変わるわ。バッターがボールを打つ前に、いつでも踏み込めるように足を動かしながら待機するの。それと慌てすぎ。落ち着いてボールを体で追って。向かってくる方向にグラブを出すんじゃなく、頭で捕るように落下地点と頭を重ねてグラブを添える。スローイングは遠心力を使って大きく腕を回すように投げるの。肩が弱くても、内野には届くようになるわ」

「……」


 アイリーンから丸雄への指導は数時間に及んだ。


 内野の練習にやってきた葵とアリアは、腕を組みながらアイリーンと丸雄のやり取りを微笑ましそうに見守っている。指導が実ったのか、丸雄の動きが以前よりも俊敏になり、一歩目が格段に早くなった。アイリーンは修造にサインを送り、レフト線ギリギリの飛球を高々と打ち上げた。


 丸雄がフェンスを確認しながら加速し、ボールを見上げつつも落下点を追った。地面に落ちるまで間一髪のところでスライディングを決めると、ボールは見事にグラブの中に収まった。肩の荷が下りたかのようにホッとする丸雄だが、アイリーンの指導を受けることに対して少なからず不満を持っていた。


「後は自主的に練習を積めば、立派な外野手になれるわ。レフトだったら、そこまでうまくなくてもいいけど、捕球から中継までスムーズにできれば、大量失点は防げるようになるはずよ」

「大きなお世話だ。捕るべくして捕ったんだ。お前のお陰じゃねえ。練習すれば誰だって捕れる」


 反発するように丸雄が立ち上がり、アイリーンを見下ろしながら言った。


「その通りよ。あなたは自分の力で捕ったの。あなたはもっと評価されるべきよ」


 怒るかと思いきや、にっこりと笑いながらの意外な返答に、一瞬の戸惑いを見せる丸雄。


「……まあ、予定よりは早かったけどな」


 アイリーンから目線を逸らし、練習を終えることを告げるようにベンチへと戻っていく丸雄。


 その歩みはいつもより遅く、普段は土汚れ1つない丸雄の綺麗なユニフォームは、レフト線の土で満遍なく汚れていた。アイリーンが内野まで戻ったところで、葵とアリアがアイリーンに近づいた。


「丸雄、ちょっとだけうまくなったわね」

「どんな指導をしたの?」

「基本から教えたわ。誰でもできるところから。彼は守備ができないという先入観に支配されて、最初は思うように体を動かせずにいたの。守備自体があまり好きじゃないのがよく分かったわ」

「DHって、ピッチャーにとっては理に適ってるけど、バッター視点で見ると、守備ができなくなったらもう後がないっていう危機感がなくなるし、あんまり良いポジションじゃないんだよね」

「むしろ、打てなくなったら終わりであることを教えてくれるポジションなのよねー。私もDHは何度か休養目的でやったことがあるけど、守備で貢献できない無力感に耐えるのが辛かったわ」

「DHでノーヒットなんてやらかした日には、何しに来たんだろうってなるよね」

「それは丸雄も感じていたと思うわ」

「どうしてそう思うの?」

「だって彼、いつも試合前にリンツたちとキャッチボールをしていたから」

「確かに丸雄も、打てない時はベンチで落ち込んでいたわねー」


 ベンチに下がっていく丸雄を見届けながらアリアが言った。


 日が暮れてくると、葵たちはホテルへと戻り、アイリーンは監督寮へと戻った。


 ブレッドはジャムと共に一足先に監督寮へと戻っており、次の対戦相手であるハロウハーツ・ドラゴンズの選手データをホログラムで確認している。


「次はハロウハーツ・ドラゴンズか。これまたスラッガーばかりのチームだな」

「去年のチーム本塁打数は両リーグトップ。1番から9番、控えに至るまで全員4番打者のチームです。まあ全体的に打率は低めですが、ピッチャーにとっては常に一発の危険があるので、かなりのプレッシャーになることは間違いありません。しかも本拠地は、ハロウハーツの外れにある、あの『ドラゴン・フィールド』なんですよ」

「なんか問題でもあるのか?」


 ソファーに座っているブレッドが何も知らない様子で尋ねた。


 頭に手を当てながらため息を吐くジャムは開いた口が塞がらない。


「ドラゴン・フィールドは標高2000メートル地点にある球場で、空気が薄いんです」

「空気が薄いってことは、すぐに疲れるってことか?」

「それもありますけど、空気が薄いってことは、空気抵抗も薄いってことですよ。打球がまるで別の競技のように遠くまで飛ぶということです。他の球場で100メートル飛ばせる人は、ドラゴン・フィールドでは110メートルも飛ばせると言われています」

「じゃあ、ドラゴンズのホームランが多いのって――」

「そうです。ただでさえボールが飛びやすい球場である上に、オーナーのグレイビィ・グランビィが大のビッグボールファンで、資金力に物を言わせてスラッガーばかりを集めているので、必然的にホームランダービーのような試合になってしまうんですよ。そして極めつけは、変化球があまり曲がらないということです。だからドラゴンズはどのピッチャーも速球で勝負してきます。球場は飛びやすいボールに合わせているかと思いきや、両翼共に100メートルしかなく、高さもそこまでないので、スタミナの消耗が激しい上にボールが飛びやすい分、やはり一発には注意ですね」

「……ピッチャーにとっては最悪の球場だな」


 ふと、ブレッドはラーナたちの表情を思い出した。


 ドラゴン・フィールドに向かうことを告げられた途端、ペンギンズ投手陣の顔つきが氷のように固まったが、投手不利の球場は、何もドラゴン・フィールドだけではない。


 スペードリーグ南西地区のチーム、ノヴァーリス・テイルズのホームグラウンド、『ギャラクシー・パーク』もまた、ヴァリオス山の中にある標高2000メートル地点の球場として知られ、夜空が輝いて見えることからこの名がついた。ドラゴン・フィールドがあるロウハオス山とは地質を同じくする双子の山脈であることから、この2つを合わせて双子球場と称される。


 明日からの先発は、リリーフエースから先発に転向したばかりのバウム。しかしながら、バウムは調子を悪くしており、5回まで持たず降板することも珍しくなかった。


 次の登板では両先発の不調から、乱打戦が早くも予想され、外野の守備力を下げてでも丸雄を打線から外せない理由がここにあった。


 一方、キールストル市内のホテルでは、食事中のリンツたちに合流した丸雄がアイリーンの件で疑いの目を向けられていた。リンツはアイリーンが徐々にチームに馴染んでいるのを指を咥えて見守るしかなかった。溜まりに溜まったフラストレーションをぶつけるように、リンツは首を動かし、丸雄を正面に座らせた。


「聞いたぞ。お前ビノーの奴に指導を受けていたんだってな」

「仕方ねえだろ。下手に逆らったらスタメン落ちになるかもしれねえ」

「でもビノーがセンターなんて、僕あいつの指示に従うなんてやだよー」

「あんたたちにそんな拒否権ないでしょ。あたいもビノーのことは気に入らないけど、才能は確かよ」

「お前、ビノーのセンター就任を認めるつもりか!?」

「あのねー、もし拒否なんてしたら、ブレッドの性格を考えればどうなるか分かるでしょ。一度でもスタメン落ちが確定したら、またスタメンを勝ち取るのは難しいのよ。それに……あんな実力を見せつけられたら……コンバート拒否なんて……とてもできないわ。それにビノーからポジションを奪えなかったら、あたいらはビノーを受け入れないといけなくなるのよ。内野は全部埋まったけど、煌は本格的にDHに移行しそうだし、これで外野はリンツと丸雄とファンクの3人で奪わないといけなくなったわ。ファンクはアクティブ・ロースター枠から外れているし、他の候補はオルガくらい。後はみんなベテランばかりだから、状況は絶望的かもね」


 ワッフルの正論を前に、リンツたちは沈黙を貫くしかなかった。


「ワッフル、そのファンクだけど、明日から復帰するんだって」


 プレクがコマンドフォンを片手に持ちながら言った。


「えっ、本当に?」


 耳を疑うワッフルの目の前に、プレクはコマンドフォンの画面を掲げた。


 メルリーグの近況は、各チーム専属のメディアが報道することとなっている。ヴィーヴァークタイムズはペンギンズの担当メディアである。歯に衣着せぬ報道でファンを賑わせてきた有名な新聞社だ。


「見ての通り、ヴィーヴァークタイムズで報道された。ジョージが引退を発表して、職員で穴埋めされていたペンギンズの守備コーチに就任したんだって」

「そんなことがあるのね」

「選手がシーズン中に引退してコーチに就くなんて、別に珍しいことじゃねえだろ」

「丸雄もその内打撃コーチになったりして」

「馬鹿言うな。俺はまだやれるぞ。代打起用の道も残されてる。そう簡単に引退なんてできるか」

「でもあの守備力じゃ、打って守れる外野手が入ってきた時、もう後がないわよ」

「分かってるっつーの!」


 頭を熱するように焦りを募らせる丸雄が、逃げるように去っていく。


 丸雄のコマンドフォンの背景画面にはメルへニカの西に位置する島国、ジャポニア帝国の首都、エドムサシの寿司屋にして丸雄の実家、寿司処江戸川の暖簾が飾られている。ジャポニアを出てから長い間メルへニカに住み続け、既に戻る場所を失っていた丸雄には、チームを出られない重大な訳があった。


 紫色の歴史ある暖簾を画面越しに見つめる丸雄。


 DHを事実上煌に譲る格好となった丸雄は、目線を下に向けながらホテルの廊下を歩き、渋々とした顔で自室へと戻っていく。


 丸雄にしては珍しく、食事はあまり喉を通らなかった。

 メルリーグ機構は建国歴12001年からサラリーキャップを遂に導入した。贅沢税は金満球団の連覇を抑止する働きを見せたものの、依然として強いことに変わりはなく、弱小球団からの抗議もあって導入された結果、ワールドシリーズ連覇が更に難しくなった。


 歴代ベースボール評論家たちの著書『ベースペディア』より

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